あれほど落ち込めるのだろう?
コンサドーレの話。
当面のライバル甲府に引き分けられてしまった。
札幌ドームで観戦していた。
12年間のコンササポで一番と言っていいほどの凹み。
本当は何度もある。
何度もあるのだが、その都度翌日には回復している。
今回もすでに回復。
喪失感なのだという。
失う。
確かにそう、勝ち点2を取り逃がしてしまう。
甲府との戦いでは、順位に大きく反映される。
15位が14位に入れ変わり、勝ち点も3の差がつくはずがドローでは順位動かず。
つまりは、2ではなく勝ち点3を逃したことになる。
喪失感。
でもな、だからと言ってなんで俺があれほど凹む?
俺の財布が厚くなる訳でなし。
俺の脚がツールド・フランスエントリーに上がるでなし。
シーズンが
終わってみたら
上り、下りの
どちらの
エスカレーターに
乗っているのか?
信じているのだそうな。
そうなることを。
コンサが勝つことを。
確かにこないだの試合は、勝つと予想していた。
2-0勝ち。
結果は、引き分け。
でもな、何度も繰り返すけれど
俺の短い脚が長くなるでなし。
俺の端正な顔立ちに、一段磨きがかかるでなし。
要は、自分の楽しみを失ったということになる。
好きなチームが育つ。
肩が入る。
舞台がJ1ならなおさらの事。
甲府に勝つことは、その証でもあった。
J1に残る資格を掴むことでもあった。
そこを通ることのできなかった失意。
自分自身の事でない。
どうにもならない。
ああすれば、こうした方が
などと言ったところで詮のない話。
だからあれほど落ち込む必要などないはず、
勝手に自分が惚れているだけ。
そう勝手に応援しているだけの話。
ファンと言う。
英語のFanticの略。
意味は、狂信者。
反語は、Haterで嫌悪者。
日本語では、贔屓。
古中国語で盛んに力を使うとか、鼻息を荒くして働くの意味だったという。
日本では、重いものを下で支える。
という意味も加わる。
それが、特に目を掛けて引き立てる
に変化したのだそうな。
1000円のシニア料金で入場する俺如きが、贔屓でございます
もないものだが、文字通り狂信者になったのだから
気合も入るし、気合も抜ける。
昨日は、俺の誕生日。
多くの方のおめでとうをいただいた。
子供のころの俺は、誕生日など学校の名簿の元くらいの値しかなかった。
人様から祝辞を頂戴することなど無く育ってみると恥ずかしい。
お盆の日程に引っかかっていたのも俺の誕生日を希釈な物にしていた。
へそが曲がっていようが、世間を斜めに見る癖があろうが俺は存在している。
その存在をおめでとうと言ってくれるのだからありがたきこと。
このおやじ、アゴハリ一族。
世界に散らばり社会を斜めから見つめブツブツ文句を垂れ
世界に散らばり社会を斜めから見つめブツブツ文句を垂れ
世界の滅亡を防ぎつつ勝手気ままに生きている。
札幌市在住、顎が張っている、へそ曲がりで頑固。
物事を斜めから見る習性があり周囲に疎まれる。
趣味:ロードバイク/ クロス カントリースキー/ そして、コンサドーレ札幌のサポーター