2019年5月30日木曜日

小説 Lugh ルー 10

中学の時に他校のバッターを二人病院送りにしていることは、事実でした。
嵯峨先輩は、キラーSに間違いありません。」
部員に白波が起った
「その二人に話を聞きました。
二人とも証言しています。
嵯峨先輩は、キラーSだと。」
ここまで言って一息ついた。
みんなの顔が青ざめている。

そして続けた。
「内角を果敢に攻めてくる。
打ち気に逸はやっていた時内角ストライクぎりぎりのボール球が来た。
どうしてもバットが始動してしまう。
打ったとしても凡打間違いなし。
そこでバットを止めた。
しかし避けられなかった。」
一度呼吸を整える。

ルールの中のプレイ。
ピッチャーとしていい意味のキラーS。
バッターにとっていやらしいキラーS。
避けられなかった自分を悔やんだけれど
ピッチャーを恨んでいないと証言してくれました。」


僕たちピッチャーは、内角への投球を苦手とします。
当てて塁を埋めてしまうことと怪我をさせないだろうかという弱気のためです。
甘くなると安打の危険も大きくなります。
嵯峨先輩は、コントロールに磨きをかけて内角攻めという大きな武器を持ちました。
素晴らしきキラーSです。」















部員は、頷いている。
日ごろの嵯峨先輩への評価そのままであった。

頷きつつ疑問を顔にしている。
でもお前の場合は?


2019年5月14日火曜日

小説 Lugh ルー 9

手術の縫合痕を鏡で見る。
息が止る。
呆然と見続けていた。

「ピッチャーを続けられるでしょうか?」
数日後の診察で聞いてみた。
「続けられるし、続けられない。」
との答え。
靭帯の損傷が重なっている。
切れた一部を接合したとしても
高いパフォーマンスが必要なアスリートにとって怪我前の肩に戻れるかどうか?
1年をかけてなんとか怪我前に近い状態には、戻るだろう。
趣味としてのプレイなら間違いなくできるようになる。
ということだった。

僕の肩靭帯損傷は、正確には腱板不全断絶だという。
腱板は、腕の骨の付け根の大きなゲンコツを首側からつなげている筋肉。
その繋げている末端の腕側一部損傷。
動かさずに安静させて徐々に治癒させる。
僕の場合は、不完全断絶の中でも軽度なので積極的に手術を勧められることはない。
僕は、靭帯の手術には、消極的な気持ちになっている。

その時の僕は、魂が抜けていたと後で聞かされた
精神という支柱の抜けた肉体。
どこを見つめているのか焦点の判らない目。
精気の感じられない受け答え。
存在感がない。
食事をしても味がしない。
ただ仕方なく咀嚼して飲み込む作業をしているだけ。

手術の4日後にゴリと戸田さんが来てくれた。
そこで野球部に大きな亀裂が走っていることを聞かされる。














2019年5月1日水曜日

小説 Lugh ルー 8

翌日の朝練で戸田さんが
「凄かったみたいですね。」と聞いてきた。
「チッチ君から三者連続三振で二人のランナーを釘付けにしたって聞きました。」
最近は、ゴリのことをチッチ君と呼んでいる。
ゴリラよりモンチッチの方に似ているからモンちゃんと呼び始めた。
ゴリは、放送局のマスコットと同じだからチッチにしてくださいと願い変更された。
言われているゴリは、嬉しそうにしている。

「マッチポンプでね。」
「何ですかそれ?」
「火を付けておいて消火すること、自作自演だべ。」
「ゴリの活躍で逆転した試合を勝ちで締めくくりたくて気負ってしまった。」
「その後が、アメージングでさ。」とゴリ。
「チッチ君アメージングって似合わない。」
「そうだべか、照れる!」
一同こけている。
「あれは僕も、初めてイケたボールだった。」
「盛岡先輩が正直受けたくない球が来たって。」
「監督にも褒められた。
ずっと求めていたボールだったから昨夜は興奮して寝付けなかった。」
「ルー先輩とチッチ君、二人の活躍見たかったなぁ。」

モアイで小休憩をしながらこんな会話。
「私もガンバル!」

その場面がインターネット動画にアップされていた。
光榮高校の野球部白石、「イケメンの変顔、蛸の剛球」というタイトル。
その下にスレッドが沢山ついている。
正直に言うとうれしかった。

それが発端で練見のギャラリーが多くなっていった。
光栄は言うに及ばず、近隣の女子高校生が多い。
ただ、練習で黄色い声を掛けてもらうのは、複雑。
白石く~~ん、と応援の声が重なる。
どんな表情をしていいのかわからない。

中にプロ野球関係者と思しき人たちも目立つようになってきた。
バックネット裏にスピードガンを構えて陣取っている。
許可していないのでナインに直接話し掛けるられることはない。
そこは、気が楽。

ゴリは、あの活躍でレギュラー昇格しそうだ。
練習で様々な攻撃を試みている。
特にセーフティバントを磨いている。
そこに磨きをかけることで、内野が前目の守備を敷いてくる。
その分弱い当たりでも野手の間を抜ける確率が高くなる。

夏の甲子園に向けて部の練習は、さらに熱気を帯びてきた。
機運の盛り上がるチーム。
しかし、大きなアクシデントが待ち受けていた。
大きな事件。




















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