それが20cmも積った。
外は、晴れ。
俺にとってこれベストコンディション。
ジジィーは、浮き立った心を平坦な顔に貼り付けた。
ノルディックスキーをたんがえ、片手は長めのポール1対を束ねて歩いている。
お日さまの登り切った午前の9時に家を出る。
どう他人が見ても幸せそうに見えているだろう。
たんがえるは、担ぐの意味。
北海道弁なのか、俺だけの個人方言なのかわからず。
四日連続の
朝焼け
上気したジジィに興味があったのか。
家前の雪を撥ねていた見知らぬ家人が声をかけてきた。
毎日ですねぇ。
居間の窓から今日も来てるな、あのじぃさん。
などと顎指しされているのだろう。
否、週に3回くらい。
上まで行けるんですか?
愚か者め。
俺が背負っているのはノルディックスキーであることが判らんのか。
などと内心の嘆きには蓋をする。
行けますよ~、
長い時で2時間くらい楽しんでます。
足は止めずに速度を落としすれ違いながらの会話。
お疲れ様で~す。
入口、門のすぐ左が俺のスキーのとば口。
先人の踏んだ後なし。
まぁ、致し方なし。
身どもが轍を付けてしんぜる。
スキーの装着は手早く終えられる。
ジジィーは、瞬く間にパウダースノーの上に滑り出す。
新雪があっても前の轍は線で繋がっている。
その上をなぞる。
しかしこの日は上をなぞることが出来ない。
スキーが新雪の中に潜る。
潜ったまま上に顔を出さずに潜行している。
足首に粉雪がこんもりとまとわりつく。
着地した途端にまとわりきれなくなった綿あめほどのまとまりが落ちてゆく。
新雪が陽光にさらされてダイヤモンドに変身する。
キラキラと呼ぶ。
女房もキラキラが好きだ。
2時間余りと思っていた。
が、外周を全部ラッセルは辛い。
五輪林道のショート周回コースに入る。
ずっと潜行。
映画レットオクトーバーが思い浮かぶ。
ショーンコネリー主演。
好きな俳優。
最近見ない。
1930年生まれならスクリーンでの姿を見ることは難しいか。
1周を終えようとする頃ちょいとした上りに差し掛かる。
真新しい轍あり。
仰ぎ見る。
30m程先にラッセルの人。
新轍を登らせてもらう。
前に走る人あれば追いかける。
追いかけられれば逃げる。
俺、追いかける。
前人は俺に気が付きピツチを上げる。
人間の心理がここでも真理である事を証す。
追いつき右へ走路を外す。
おはようございます。
お蔭で楽に登ることが出来ました、ありがとうございます。
抜いたときにご同輩もおはようございます。
とは応えてくれた。
が、内心は、隠しようがない。
口惜しさがその表情に滲んでいる。
走路を戻し前に出る。
もうすぐ2周目。
左に折れる。
1周目よりは、走りいい。
が、綿あめの固まりが着地点に凸で収まっている。
2周目は、ポンピング走法。
雪の反発とスキーのベントの相乗でジャンプさせる。
上方向の跳ね上がりをストックで前方に変える。
拇趾で蹴って反対の足拇趾で着地。
ソフトジェル生地のアウターは、全開にして裾を腰に回し止めている。
薄手の丸キャップは、耳を出す。
アウターの真下のジャージファスナーも半開。
汗が蒸化する。
多分俺の身体は、靄もやっているはず。
3周目に入る手前で先の走者の轍が俺の轍と同化していることに気が付く。
もしかして俺の周回コースに入っただろうか?
だとするともう一度スキーチェイスが出来るか。
3周目になると長いストロークでポールを跳ねスキーを滑らせることが出来る。
俺はハンター。
先を行く獲物をじりじりと追い詰める。
逃亡者リチャード・キンブルを追いかける俺は、さしずめサミュエル・ジェラード刑事。
しかし、逃亡者の影が見えない。
3周目から4周目。
轍は、このコース以外に分けれていない。
キンブルは、必ず五輪林道にいる。
4周目は、もう一段ストロークのギアを上げる。
いない。
影は、ある。
何処にも枝分かれの痕跡がないのだから。
ジェラードは、無念のリタイアを決意する。
これ以上追い続けると女房との約束を守ることが出来ない。
1分かからぬ場所にお気に入りのラーメンを食べさせる店023があった。
が、昨年讃岐に帰郷しなければならなくなった川井治は、店を閉めた。
讃岐で移動レストランをするためにもう少し修行する必要があると。
その為に閉店した。
近辺で彼のラーメンにとって変われるかもしれない店に行く約束を女房としていた。
明日は日曜。
荒れてさえいなければ走りたい放題の日。
キンブルを諦めるのは惜しい。
が止めよう。
帰宅して大急ぎで着替えて待ち合わせのライブラリーに駆け込んだ。
67歳のジェラード刑事だった。
このおやじ、アゴハリ一族。
世に散らばり社会を斜めから見つめブツブツ文句を垂れ
世界の滅亡を防ぎつつ勝手気ままに生きている。
札幌市在住、顎が張っている、へそ曲がりで頑固。
斜めから見る習性は、周囲に疎まれる。趣味:ロードバイク/ クロス カントリースキー/ そして、コンサドーレ札幌のサポーター