同じ時間に翔太と呼ばれている幼児と治療の椅子に座った。
幼児と同席になったのは、初めての事。
どんなふうに治療を進めてゆくのだろう。
俺の耳は、衝立を隔てた隣に集中した。
幼児は男の子で多分3歳児。
母親が付き添っている。
この年ごろから歯医者へ通わなくてはない子供も可哀想。
少し痛いと訴えたという虫歯の検査に来た。
泣きわめくことはないのだろうか?
口は、開けられるのだろうか?
夜明け前
今朝の札幌
担当したのは、女医。
絶対女性の方がいい。
女の方が良いのは男族の性。
翔太く~ん、お口の中見せてくださいねぇ。
はい、お願いしま~す。
お上手ですねぇ。
お利巧さんですねぇ。
多分翔太は、その時点で上機嫌に変わっていたはず。
俺は、強いんだぞ。
歯の治療なんぞ怖くないんだぞ。
鼻の穴を膨らませ更に大きく口を開けていることだろう。
少し触りますよぅ。
ウグッ、痛い思いをしたらしい。
痛かったですか~。
でも我慢できるんですねぇ。
立派ですねぇ。
強いですねぇ。
良い子には、コップの水が出てくるんですよ~。
一回お口をぐちゅぐちゅぺ~してみましょうかぁ。
水が出るかなぁ。
おおぅ、出ましたねぇ。
良い子なんですねぇ。
ぐちゅぐちゅぺ~もお上手ですねぇ。
俺は、思わずうんうんと頷くところ。
まずいまずい、言われているのは俺ではない。
単純で単細胞の男の思考は、褒められれば真っ直ぐにどこまでも上り詰める。
男に限らず人間の性分はそう出来ている。
やや暫くは、頭の中で
お上手ですねぇ~、
お利巧ですねぇ~。
強いですねぇ~、
良い子なんですねぇ~がリフレインしていた。
神経を殺すための薬液が口に溶け出す。
口中で苦いだけならいいのだが、体内に流れて胃を荒らす。
良い子ですねぇ~が頭を駆け巡るのだが胃は重い。
このおやじ、アゴハリ一族。
世に散らばり社会を斜めから見つめブツブツ文句を垂れ
世界の滅亡を防ぎつつ勝手気ままに生きている。
札幌市在住、顎が張っている、へそ曲がりで頑固。
斜めから見る習性は、周囲に疎まれる。趣味:ロードバイク/ クロス カントリースキー/ そして、コンサドーレ札幌のサポーター