2017年4月20日木曜日

なぜ竹の子の皮むきが楽しいのか?

昨日のブログで寝曲がり竹の子の皮むきが好きだ、と書いた。
と、その後なぜ楽しいのか気になる。

その前にサッカーヨーロッパチャンピオンズリーグ
準々決勝の折り返しが終了した。

昨日は、
レアルマドリーが、バイエルンミュンヘンを退けた。
イギリス勢で唯一の勝ち残りのレスターは、アスレチコ・マドリーに惜敗。

今朝、今終了の
バルセロナは、ユベにドロー。
ドルトムントは、モナコを撃破することが出来ず敗退。

バルセロナは、前節に続きカンプノーでまさかの逆転劇が
演じられるのかが大きな興味だった。















試合開始からガンガン攻める。
バルサ選手たちは、頭のてっぺんからつま先まで真っ赤に燃え盛っていた。
横から前からあらゆる手を掛けて攻め入る。
ゴールが見えたらシュートを仕掛ける。
が、ユベは、枠内に蹴らせない。

クリーンシートは、我がチームのためにある言葉。
表で取った3点は、ユベにとって十分に過ぎるハンデとなっていた。

バルサは、一節前にパリサンジェルマンには、
5点のハンデをひっくり返したまさかを演じている。

が、ユベは恐れていない。
俺たちのクリーンシートは、誰にも汚されない。

特に興味深かったのはネイマール。
彼のドリブル突破は、現在世界一であろう。
一人、二人、三人、四人と抜いてゆく。
が、ゴールへ運べない。
左ラインで同じブラジル代表、そして昨年までバルサ同僚の
ダニエウ・アウヴェスが壁となって削る。

削る、そして削る。

何度倒されたことだろう。

しかし、最後まで闘志の炎は細くならない。
孤軍とは言わない。
バルサの全軍が嵩にかかっていた。
がネイマールの執念は、更に燃え盛っていた。

サッカーは、一人だけで勝てるスポーツではない。
味方がいて相対するチームがいて成り立っている。
無念を飲み込まざるを得なかったのはバルサ。

試合終了でユニフォームを頭までずり上げて咽むせ んでいた。

そこを慰めていたのは、だれあろうアウヴェスである。
後ろからそっと両の肩を抱き何事か囁いていた。

ごめんな、なのか?
よくやったよ、なのか?


楽しいとはいうことは?

苦しくない事。
悲しくない事。
痛くない事。
暗くない事。

反対を考え論あげつら ってみただけです。
つまりは、楽観的、快楽的な状況や思考であるということ。

竹の子の皮を剥いた初めは小学校の3年生頃と記憶している。
親父が仲間と夕張岳のすそ野に登り、リュックにたっぷりと担いでくる。
それを家族の手の空いているものが剥く作業に付かされる。
面倒だなぁ、いやだなぁ
と思う。

が剥き始めるとツルツル~と剥けて白い滑らかな肌が現れる。
手元の下には、皮が山になってゆく。
息抜きに皮を10本全部の指に被せてゆく。
魔女の手が仕上がる。

右の爪を使う親指、人差し指だけ外して皮むきを続ける。
濡れて黄色みかかった白の堆積が増えてゆく。

と同時に剥かれる竹の子が減ってゆく。
あとどの位かな?

俺の作業でどの位仕上がったのかなぁ?

竹の子皮は、巻いていた本来より大きな山になる。
沢山剥けたなぁ!!

と自身で感嘆する。
凄いと自分を自慢する。

その原体験があるからだろうと思う。
その状況が後の俺に投影された。

単純な作業、しかも長くかかるだろう仕事。
果てしなく単純で単調な作業。

例えば、
俺が自営をしていたミネラルウォーターの充填。
ガラス瓶を左手で取り上げ充填機に挿入する。
右手でハンドルを倒し水を入れる。
入れ終えて右手で瓶を抜き右のスペースに貯め置く。

スペースが埋まると打栓してゆく。
右手で王冠を瓶の口に乗せ乍ら左手で打栓器の台に乗せる。
右手で打栓器のハンドルを下げ王冠に当ったら一気に体重を乗せて
瓶の口に栓をする。

日曜日は、配達がない。
その日に出来る限りの充填をこなす。

1000本くらいを1日でこなしていた。

ここが辛いなどとは、これっぽっちも感じることが無かった。
単純な作業のどんな手順が効率よく作業できるだろう?
手首や腕に負担のない態勢はどうしたらいいのだろう?
当初は、そればかり考えながら作業をしていた。

これが自動でやれる日が来るのだろうか?
いや、来させなければ駄目だべ。
じゃぁ、どうすればいい?

妄想も俺の好きなことの一つ。

仕上がった商品を山積みにして、一日を終えた時大きな満足が体に充満する。

若いころ、俺は飽き性で堪え性にない人間だと思っていた。
華やかな舞台に憧れ、スポットライトの下で出来る仕事がしたいと望んだ。
しかし、望むだけで実現するための努力は蔑ないがし ろだった。

水屋は、自分が一から構築した仕事。
嬉しくて仕方がなかった。

詰まる所の話
水が詰まる:充填の話ではない。
結局どんな作業でも自身の心の在り方一つ。
右から見れば左の顔しか見えず。

笑うから楽しいの如きに、好きだから楽しく出来る。
水屋は、挫折した。
が、楽しいの定義を識った自分は幸せに思う。




このおやじ、アゴハリ一族。世界に散らばり社会を斜めから見つめブツブツ文句を垂れ
世界の滅亡を防ぎつつ勝手気ままに生きている。
札幌市在住、顎が張っている、へそ曲がりで頑固。
物事を斜めから見る習性があり周囲に疎まれる。
趣味:ロードバイク/ クロス カントリースキー/ そして、コンサドーレ札幌のサポーター

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