「凄かったみたいですね。」と聞いてきた。
「チッチ君から三者連続三振で二人のランナーを釘付けにしたって聞きました。」
最近は、ゴリのことをチッチ君と呼んでいる。
ゴリラよりモンチッチの方に似ているからモンちゃんと呼び始めた。
ゴリは、放送局のマスコットと同じだからチッチにしてくださいと願い変更された。
言われているゴリは、嬉しそうにしている。
「マッチポンプでね。」
「何ですかそれ?」
「火を付けておいて消火すること、自作自演だべ。」
「ゴリの活躍で逆転した試合を勝ちで締めくくりたくて気負ってしまった。」
「その後が、アメージングでさ。」とゴリ。
「チッチ君アメージングって似合わない。」
「そうだべか、照れる!」
一同こけている。
「あれは僕も、初めてイケたボールだった。」
「盛岡先輩が正直受けたくない球が来たって。」
「監督にも褒められた。
ずっと求めていたボールだったから昨夜は興奮して寝付けなかった。」
「ルー先輩とチッチ君、二人の活躍見たかったなぁ。」
モアイで小休憩をしながらこんな会話。
「私もガンバル!」
その場面がインターネット動画にアップされていた。
光榮高校の野球部白石、「イケメンの変顔、蛸の剛球」というタイトル。
その下にスレッドが沢山ついている。
正直に言うとうれしかった。
それが発端で練見のギャラリーが多くなっていった。
光栄は言うに及ばず、近隣の女子高校生が多い。
ただ、練習で黄色い声を掛けてもらうのは、複雑。
白石く~~ん、と応援の声が重なる。
どんな表情をしていいのかわからない。
中にプロ野球関係者と思しき人たちも目立つようになってきた。
バックネット裏にスピードガンを構えて陣取っている。
許可していないのでナインに直接話し掛けるられることはない。
そこは、気が楽。
ゴリは、あの活躍でレギュラー昇格しそうだ。
練習で様々な攻撃を試みている。
特にセーフティバントを磨いている。
そこに磨きをかけることで、内野が前目の守備を敷いてくる。
その分弱い当たりでも野手の間を抜ける確率が高くなる。
夏の甲子園に向けて部の練習は、さらに熱気を帯びてきた。
機運の盛り上がるチーム。
しかし、大きなアクシデントが待ち受けていた。
大きな事件。
監督の方針で僕は、1試合30球までの投球と決められている。
3人の投手の仕上がり次第で僕が7回からリリーフする場合も有りと言い渡された。
夏の甲子園地方予選の前哨戦、
春季都道府県高校野球大会が迫っている5月のある日、
紅白試合が行われた。
先頭バッターの僕がヒットで出塁して送りバントで2塁。
回は、終盤で1死。
攻撃側は、1点の追加点を入れておきたい。
守備側には、それを阻止せよという設定。
ピッチャーは、2年生嵯峨先輩。
バッターは、左打者で流し打ちの上手い3年生越智先輩。
右投手に強い。
しかも三振の少ないアベレージヒッター。
守備に少々難があるので
ここぞの場面でピンチヒッターとしてベンチに控える。
練習で良い結果を出せないとベンチ要員でも外れる可能性がある。
気合が入る。
嵯峨先輩も当然抑えたい。
内野は、定位置、外野は、前進守備。
1投目。
内角低めにクロスファイアーボール。
僅かに低くボール。
打者、微動だにせず見送る。
臭い球、打ち損ねになる確率の高い球は、2ストライクまで見ていこうという策。
2投目。
同じくクロスファイアーボール。
嵯峨先輩は、バッターの心理読みができる。
バッター打ってこないと見た。
少し浮いたがここは、ストライク。
度胸の良さも特徴。
やはりバッター動かず。
3投目。
外角高め直球で釣ってきた。
バッター振りを止めるも空振り判定。
ワンボール、ツーストライク。
ピッチャー優位のカウント。
4投目
緩めのカーブでタイミングをずらす。
バッターこれを待っていた。
内角少々低めで見逃せばボール。
少し窮屈なフォームからバット先端にボールを乗せた。
三遊間を抜けようという打球。
ショート右へ懸命のダイビング。
ボールは、グラブの先端をかすめて飛んだ。
僕は、それをみてスタートを切った。
三塁を回ったところでコーチャーが止めている。
とセンターが遠投をしようとしたときに足を取られてしまう。
ダイレクトボールがコースを外す。
ここで僕は、本塁突入再スタート。
キャッチャー横移動でボールを止めようとするも後ろへ転がる。
嵯峨先輩がカバーに入った。
バックネット壁にボールが跳ね返る。
キャッチャー拾ってホームにトス。
ホームコーチがスライディングを指示。
後ろ斜めに構えた嵯峨先輩。
ホームベースに左足を滑らせる。
嵯峨先輩は、捕球と同時に倒れ込んでタッチ。
嵯峨先輩の上体が僕の上体を覆う。
嵯峨先輩の肩甲骨が鎖骨を直撃した。
鈍い骨折音が頭蓋骨に響く。
と同時に左の首根元に激痛が走った。
痛さに悶絶する。
女子ギャラリーの悲鳴が重なる。
「腕を固めろ、
救急車を呼べ~!!」
僕の額には、脂汗が滲んでいる。
左腕を三角巾で固定された。
ほどなく到着した救急車に乗せられて救急病院に向かった。
監督が介助してくれている。
すぐにレントゲン撮影。
学校からの連絡で母そして父が駆け付けてきた。
監督が両親に事情を説明し謝っている。
その後処置室で医者が説明を始めた。
鎖骨骨幹部骨折
鎖骨の真ん中がきれいに折れていた。
骨折部分は、一番直りが早いプレート固定手術がいいだろうという診断。
他に肩と腕を繋ぐ靭帯に僅かな断絶の可能性あり。
そのまま固定治療で日常生活に支障をきたす心配はないだろう。
肩靭帯は、少しの損傷だけなら肩の稼働に問題がないことが多い。
が、握力の低下があり得る。
靭帯接合手術を希望した場合、切開はせずに内視鏡での接合となる。
幸い搬入された救急病院は、外科専門で手術も行っていた。
担当の医者も手が空いているので同意があれば
翌日午前中に骨折手術に掛かりたいと申し出がある。
靭帯の手術希望は、その後で良いという。
両親は、僕に同意を求めた。
「どうするルー?」
鎖骨骨折は、直りが早くて患部の変形する可能性のないプレート固定手術に否はない。
手術の疵跡が残る懸念があるがグロテスクなわけでもないようだ。
骨を固定したプレート摘出は、年齢から勘案すると半年以内だという。
鎖骨の下には、動脈が通っている。
ここへの損傷は、ないようだ。
が、血管と並んで延びている神経への損傷は、見た目で分からない場合がある。
今はなくても後にしびれや握力低下などが起こりうるとも説明された。
僕は、頷くしかなかった。
それ以外の選択肢はないのだ。
靭帯手術は、保留にしてもらった。
暗黒が僕の心を支配している。
明日の手術そしてその後、これからどうなるのだろう?
漠然とした不安感が心を覆う。
だが具体的なイメージがわかない。
骨折のショックで思考が深まらなくなっていた。
物々しい恰好をさせられる。
予備麻酔をされて手術室へ運ばれた。
全身麻酔を施される。
僕の尿道には、管が通され失禁に備えられている。
僕の局部は、ゴム手袋の手で触られ自然に反応していた。
浣腸もされた。
文字通り丸裸で言われるが儘ままに取り扱いを受ける。
思春期真っ盛りの僕は、恥ずかしさに心が折れた。
そのダメージは、骨折と同様に強いものだった。
こうして翌日の午前中に手術が行われた。
表皮を鎖骨に沿って20cmほど切開する。
折れた鎖骨を正常な位置に戻してチェーン状のチタンプレートで固定する。
時間は、30分もかからなかったらしい。
「白石さん、手術無事終わりましたよ。」
病室で目覚めた。
軽いシバリングを起こす。
全身麻酔が覚めた時に起きるのだという。
※シバリング:小刻みな体の震え。
縫い糸ではなくホッチキスのような器具、スキンステープラで縫合。
母が切開面の針を数えてくれる。
14針。
クロムニッケル系のステンレスだという。
これらの金属アレルギーを持っていると使用できない。
患部が痛い。
焼けるような痛さ。
寝返りしたくても酸素マスクをされ鎮痛液剤のチューブが腕につながっている。
枕もなし。
口が乾く。
水が欲しい。
痛みは、鎮痛剤の作用で緩和された。
「明日は、ぐっと楽になりますからね。」
看護師さんに励まされる。
体が望んでいたのか鎮痛剤の麻酔薬のせいなのかその後は、朝まで寝ていた。
患部が痛んで目が覚める。
一連の事件が夢ではなかったのだろうか?
僅かにそう望んでいた。
が、痛みは、それが現実であることを告げている。
母が僕の顔を除いている。
「痛い?」
「うん、痛い。僕どうなるんだろう?」
「そうね、少なくても普通の生活を送ることに何の問題もないようね。」
「・・・・。」
多分野球は、諦めなくてはならないのだろうなぁ。
その時に、現実と向き合い始めていた。
大粒の涙が溢れてきた。
母は、僕の手を握り頭をなでてくれた。
母は、僕の涙を拭ってくれる。
溢れ出た涙の分だけ僕に起きた事実が浸み込んできた。
水をもらった。
乾いた口中に沁み入る。
食事を摂る。
痛みは、時間を追うごとに和らいできた。
痛ければ飲むようにと固形の鎮痛剤を渡される。
トイレに行くこともできる。
ある程度自由を取り戻した僕は、とりあえず心も落ち着いた。
通勤前に父も見舞ってくれた。
一人で大丈夫だと言い伝える。
前から読みたかった君はどう生きるのかを買って欲しいとねだる。
あとは、スマートフォンを頼んだ。
病院内の決められた場所でなら使用を許可されている。
最低でも普通の生活。
これからを考えても何の結論も出ない。
靭帯手術の有無は、退院できる1週間後でも良いと言われている。
まずは、1週間経過を見よう。
それだけを決めた。
9に続く