2020年5月3日日曜日

短編小説 ボンバーマン 其の四

試合は、終了間際に逆転して辛勝。
秩父宮ラグビー場最寄りの青山のホテル宴会場で祝勝会。
大ジョッキを片手に盛り上がる。
勝利して仲間との打ち上げは、最上の喜び。
だが、この時は心ここに非ず。
僕は、諒子さんからメールで
慰労会のお誘いを受けていた

大学から続くチームメイトが、
「どうしたボンバー、乗り悪くない?」
感づかれたようだ。
「この後、妹と飯の予定で。」
咄嗟に妹を出汁に使う。
「おっ、由香りんか?」

大学時代の飲み会で何か面白い話をしろということで順に話をさせられた。
仲間にならいいだろうと思い妹の話をしたことがある。

それは、こんな話。
妹は、自分で「俺は、マムのお腹にチンチンを忘れてきた。」
というほど男っぽい。
その中でも極めつけを語った。

高校生の時の事。
家のすぐ前がバス停になっている。
バス登校時間のぎりぎりまで布団に潜り込んでいた由香。
母は、執拗なチャレンジに飽いてしまい最後は、
「勝手にしろ。」と起こすことを諦めた。
「その代わり弁当も作らない。
それでいいね。」
と最後通告した。
それでも妹は、寝ているほうを選んだ。
とはいうもののそこは、母親。
枕元に小さなジャーを置いた。
朝と昼の二食分が入っている。

妹の部屋の窓が打つたれる。
友達が文字通り叩き起こしてくれる。
ぎりぎりで起きる由香は、顔など洗わない。

やおら起き上がる。
まずジャーの中からご飯を掬い上げて口いっぱいに放り込む。
眠気を徐々に追い払うように咀嚼を始める。
そうしながら制服を着始め同時にトイレを済ませる。
ジャーは、教科書と一緒に大きなリュックの中に。
おかずは、別に拵えてある。
これもリュックに。

画像:写真AC
















バスが、到着した瞬間に玄関をダッシュ。
鳥の巣になった髪を隠すためにニット帽で頭を覆っている。
ニット帽は、人生最初で最後の鉤針編自作。
一見レゲェマン風。
バスの一番後ろに中学からの同級生が席を確保してくれている。
立っている客を押し分けてそこにドッカと座る。
「由香おはよう。」
「オッス!」
座るとリュックを開きジャーからご飯をとり出し口に運ぶ。
口を動かしながら鳥の巣になった髪をブラッシングする。
後ろにゴム一つにまとめて髪の出来上がり。
友達の手鏡を借りてのぞき込む。
顔を洗っていないのでたまに目やにが付いている。
これを落として顔の始末も終わり。
学校の手洗い場で歯磨きを澄ます。

これを3年間続けていた話を暴露した。

「凄っごいな、写真は?」
アイフォンの画像を見せる。
「おおっ!、可愛いいじぁん。」
俺たちより男臭いのに、超かわいい由香りんと一部にアイドル化された。

「俺もつれて行け。」
「それがさぁ、相談があるって話。」
「それで飲み食いを少し自重してるってことか。」
嘘をついて小一時間ほどで切り上げて待ち合わせ場所へ急ぐ。
少し心が痛んだ。

待ち合わせは、打ち上げの会場から近いこれもホテルのラウンジ。
「ごめん、待った?」
「いいえ、さっきまで由香ちゃんとお茶してましたから。」
妹は、今夜の飛行機で帰ると言っていた。
「お相手いただきましてありがとうございます。」
とんでもない、お陰でとても楽しい時間を過ごすことが出来ました。」

女性同士なのに、しかも妹との時間なのにすこし妬ける。
「また女子会しましょうと別れました。」
目顔で頷く。

「私もそこそこ男前って思っていましたが由香ちゃんは最上級でした。」
「僕でさえ負けたって思うことがありますから。」
レストランへ移動、しばし妹を肴に食事を楽しみバーに移る。

「逆転のスクラムトライ興奮しました。」
「あの場面になって相手の圧がほんの僅か落ちてきて。」
「でも僅かな差でもトライまで持っていけないでしょう?」
「伝統的に泥臭く、前へが身上ですから。」
「歴史の差?」
「うちのモットーを貫いた結果です。」

「お父様もラガーマンですって?」
「大学の先輩でもあります。」
「それで駈かけると付けたってことですね。」
「そう、」

「駈って響きがいい。
「僕も気に入ってる。」
「駈さんと呼んでいい?」
二人の距離が縮まってる?

「そう呼ばれる事なかったけど全然OKです。」
「やっぱりボンバー?」
「その前は、タテと呼ばれていた。」
「舘さんもいいですね。」
「諒子さんにならどのように呼ばれてもうれしいです。」
「由香ちゃんがね、」
「はい、」
「やっぱり止めておきます。」
「途中でやめないでください。」
「明日の日曜は、休み?」
「はい、」
「私も休みです。」
「にいをよろしくですって。」
「由香が?」
「そう、」
「駈さんが大好きなのね、由香ちゃん。」
「とても仲が、いいよ。」
「人に託かこつけるのは、卑怯だな。
ええと私自身の言葉で言います、よろしくお願いします。」
「恋人として付き合おうと言っている?」
「そういうことって念を押されると恥ずかしいと思いません?」
「ごめん、そしてありがとう。」

僕が言い出さなければいけないセリフを先に越されてしまった。
「このまま別れたくないです。」
諒子さんは、固まった。
少し間が空く。
応えを待った。
「私のマンションで飲みましょうか?」
「やった!」

早々にバーを出た。
左腕を鉤形にして彼女に向ける。
僕の顔を覗き、それから右腕を軽く差し入れてくれた。
昔TVで観た古い映画「雨に踊れば」が頭に浮かぶ。
踊り出したい気分。

電車で移動。
都内の駅近くで2LDKのマンション。
「親戚のマンションなの。
海外勤務でね、その間住まわせていただいています。」

「ラグビーって怪我をするのは、当たり前みたいになっている?」
「そうだね。」
「大きな怪我をした経験は?」
「なし。
 怪我の定義とは、練習を休まなければいけない故障。
 僕は、一度も練習をできなかったことがない。」
「それも凄い、でも慢性的にはあるんじぁないかしら?」
「どうだろう?」

「気づいていないだけかもしれない。」
「実は、少し気になることがあるの。」
「なに?」
「今日の駈さん右肩を回す回数が多い。
「そういえば最近試合の後、特にそうかもしれない。」
「うちの大学に脊髄のスペシャリストがいるから一度診てもらって。」
「それ希望?」
「いいえ、命令です。」

頸椎損傷が疑われるから手遅れにならないように
診察をするように約束をさせられた。

その夜二人は、結ばれた。
浸りの大切な記念の夜となった。


続く

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