2020年4月19日日曜日

短編小説 ボンバーマン 其の三

スイッチ

交通事故処理を目撃していた通行人が
車を持ち上げた動画をインターネットにアップしていた。

妹が携帯電話で、
「あれ兄にいだわ。」と知らせてきた。
妹には、事の成り行きを搔い摘んで話す。
「てぇことは、にいに女ができたってこと?」
「いや、まだお友達」
「まぁ、なんにしても良かったべさ
男前の妹、まるで男兄弟との会話になる。
「わっちも、今度の試合見たいと思っていたから紹介しろ。
品定めしてやるわ。」
「おまえさぁ、いい加減男言葉を卒業できないの?」
家族だけだべさじゃな。」

車をほんの少し浮かせただけなのに
動画は、凄いアクセス数になっていた。
夜の薄暗さと横からのアングルで顔は、鮮明ではない。
「ヤバイ!」
「何者?」
「マジ、カッケ~!!」
コメントが長く連なっている。
TV局が映像を検証して僕ではないか?と
連絡してきた。
公表したい、との問い。

確かに僕ですが公表は勘弁してください。
固くお断りした。
グラウンド外での事で騒がれたくない。

妹が、上京してきた。
試合前夜に妹を含めて三人で食事をする。
待ち合わせは、夜のコーヒーショップ。


画像:写真AC


















妹は、練習を見た後、グラウンド近くの大型スーパーで
時間をつぶし僕と合流。
待ち合わせ場所に向かう。
僕達が先乗り。
少し遅れて彼女が到着。
合コン以来これで3回目の対面だが、相変わらずパンツスーツ。

2回目は、試合の連絡のついでに
「試合まで少し間があるので食事をしませんか?」とメール。
回答がくるまで落ち着かなかった。
がスムーズに話が進む。

ふわふわした時間。
二人とも明日に勤務とトレーニングが控えていた。
瞬く間に帰宅の時間が迫る。
食事とその後に軽く酒を飲み別れた。
今回は、妹が一緒に試合を見たがっているので、と誘う。

妹は、ジーンズにジージャン。
彼女を見て、
「あっ!思った通り
「?」
「?」
「いい。」
「ごめん、こいつ小さい時から男っぽい奴で言葉も乱暴なところがあって。」
彼女は、気分を害した様子はない。
好奇心を表しながら静かに笑みをたたえた。
「自己紹介もしないうちから失礼だぞ。」
「ごめん、由香です。今年から高校社会科教師やってます。」
「諒子、米沢諒子です。」

「いい、というのは兄にとって良いという意味。」
「おまえ、ねぇ・・」
「いいんだから、良いでいいじぁない。」
その後、彼女の提案したイタリアンレストランに移動。
彼女に事前のオーダーを任せていた。
彼女は、お店おすすめのフルコースを頼んでいたらしい。

最初にでてきたやわらかなパン。
爽やかなオリーブオイルの香りがする
「このパンに名前があるの?
妹が、「フォカッチャ、火で焼いたってイタリア語だね。」
諒子さん、「ジェノヴァが発祥でピッザの原型なんですって。」
「そう言えばジェノヴァでイタリアのチームと
強化試合をしたときにこのパン食べたかも。」
「いくらでも食べられるよね。」
諒子さん、「ジェノヴァは、地中海の港町で古い街並があって情緒のある街よね。」
妹、「いいね、美味しいワインと料理も有りでしょ?」
諒子さん、「行ってみたい街。」
酒が運ばれてきた。
「次にお出しするジェノヴェーゼに合うワインです。」

ジェノヴァのあるリグーリア州で醸造された白ワインだそうな。
少し辛口で確かに料理と相性がいい。
名前を言っていたが覚えていない。

妹がいるので話が広がる。
性格の話にすすんだ。
諒子さん、「外科医を職業にするくらいだから
女々しい部分が飛んでいるんです。」
「にいは、その辺に魅かれているね。」
「いい加減なことを言うな、」と咎めると嘘になる。
嘘は、つきたくないしここで魅かれていると本心を言うのも今は、憚れる。
妹を睨む。
そして諒子さんを窺うかがう。
嬉しそうに聞いていたので安心。

「にいは、小さい時からおっきくて自然に仲間のボスに扱いされていたよね。」
「僕は、群れが好きではない、けれど自然にそうなっていた。」

「女子からのアプローチは、凄かったよね。」
「そうだっけ?」
バレンタインチョコがダンボール一杯になったでしょ、高校の時。」
「そうだ、あれチームで補給食にしたんだ。」

「でもしなだれ女子ばっかなのね。」
「しなだれ女子って?」
「やたらしなだれてデレデレ接触する娘こ」
「依存型ってこと?」
「そう、その依存型女子。」
「僕は、依存型が苦手です。」
「頼られるのも嫌ですか?」
「お互いを支え合うというのがいいですね。」

諒子さんが話を戻してくれた。
「外科医って肝の座りが必要なの。手術になると決断が求められる。」
確かにそうだろう。
が、外科医を目指すというところからすでに男前であったのでは?
と話を向けてみた。

実は、そうだと彼女が吐露。
彼女の母親は、彼女を生んでから
子宮筋腫で子が出来ないようになった。
長子なので跡取りとして男性的な育て方をされたことも原因しているようだ。
「諒子さん喧嘩したことある?」
「小学校のころは、男の子としていたわ。」
「勝負は?」
「女の子の方が発育が早いじぁない、その中でも大きなほうだったし
負けた覚えがないわ。」
「一緒、一緒、わっははは!」

話題が四方に散って取り止めなく広がってゆく。
僕は、明日の試合があるのでこの店で退却する。
「私たち、これから二次会してくから。」
会計を清算しようとしたら割り勘定しようと諒子さんが言う。
妹も賛成で僕は、ありがたく従う。

後に聞いた話では、諒子さんが、女姉妹が欲しかったこともあり
飾らない性格の妹が気に入りその後大盛り上がりだったという。

翌日の試合は、ジャパンラグビートップリーグ戦。
相手は、北関東の雄で
会場は、秩父宮ラグビー場。
秩父宮は、ラグビーの聖地ともいえるグラウンド。
戦後のラガーマンが心をいつにして造ったスタジアム。
幾多の熱戦が行われてきた。

強豪同士の試合とあって2万人近くの観客。
アップから大きな盛り上がりを見せている。
ラグビー入場前のロッカーは、戦場への儀式が行われる。
「まもなく入場!!」
の声で選手全員で肩を組み輪を作る。
キャップテンがアジテーターとなりチームに点火。
野太い咆哮で床が震える。
肩を怒らした両チーム二列になって入場。
選手たちの目が離れて見える。
修羅場の目。
一瞬をも見逃すまいとする鋭さ。
多分僕の面相も変化している。

戦士たちは、この舞台のために日々の鍛錬を繰り返す。
目の前の敵を打ち倒すために。
しかしそこは、厳格なルールの上に成り立つ戦場。
戦士たちは、敵対選手に十二分な敬意を払う。

ぶつかる。
飛ばされる。
曳きずられ置き去られる。
ラグビーは、寸鉄を帯びない。
幾度も幾度も繰り返される肉体の衝突。
今、それが始まる。

胴震いが起きる。
2万人の声援がスタジアムの全体から湧き起こる。
その歓声が戦いの最終スイッチを入れてくれる。

審判の笛が鳴る。
いざ、キックオフ。

続く

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