2020年4月3日金曜日

短編小説 ボンバーマン 其の二

「TNTは、チキンで泣き虫な舘林の略です。」
中野のスピーチが丁度このくだりまで進んでいる。
彼女の顔を覗く。
頬が大きく緩んでいる。

彼女は、外科医。
彼女の名は、米沢諒子。
今日から舘林に変わる。
現在は、母校の大学病院に勤務している。
同い年の28歳。
女性の外科医は少ない。
専門は、女性特定疾病外科。

強い芯を持った聡明で美人でスタイルもモデル並み。
男性がアプローチするには、二の足を踏むタイプ。
僕もあのことがなければここまで進展しただろうか。
この人と結婚出来たのは、僕のチキンのお陰だった。

画像:写真ACより





















2年前の事。
今スピーチしている中野からの電話。
急に一人空きが出来たので穴埋めで合コンに付き合えと誘いだされた。
「お前は、黙って座っているだけでいいから。」
何もすることのなかった夜だったので付き合う。
対面に座ったのが彼女。
女性としては大きい方で170cm。
筋肉質でしなやか体幹の姿勢。
バレリーナを目指そうとした時期もあるという。
臆面することなく真っすぐに僕の眼を見つめてきた。
僕の瞳孔が見開く。
二人の視線が強く交差したように感じた。
後で聞いた話では、彼女は目が悪い。
普段は、眼鏡を使用している。
これも後で聞いた話だが彼女も員数合わせで引っ張り出されてそこに居た。
とは言えそこは、女子。
容姿は、気にする。
この日は、裸眼。
コンタクトは、嫌いでしたことがない。
眼鏡なしだとテーブルをはさんだ人の顔がはっきり見えない程度。
外では、眼鏡をかけてきた。
という訳で彼女の方は、僕に強い興味を覚えたわけではない。
自然に注視していたのだという。
士業さむらいぎょう自己紹介していた。

肉親以外に女子免疫のない僕。
母は、男前で気丈夫な人。
気性もさっぱりしている。
五才違いの妹がいる。
が、こちらも母親の上を行く男前。
それどころか男以上に男臭い女子と言った方がいいくらい。
高校教師になった今でも女性的な姿を一度もみた記憶がない。

過去に異性との付き合いは、ない。
女子に興味がないわけではない。
が、ラグビーが優先してきた。
対面の女子は、凛として美しい。
心臓の鼓動が高鳴る。
高まる動悸と共に血液が大量に体内を巡り始めていた。
今まで経験したことがない感情が沸き上がる。
しかし、アプローチの仕方がわからない。

進行役の中野の導きで名乗るだけは済ませた。
後は、食べて飲んで周りの話を聞いている風を装い会に同化していただけ。

そのうちに僕の身体が大きいというところから
何をやっているのかという問いが出てきた。
中野がラガーマンであることを伝えてくれた。
その頃は、まだ現在ほどの人気はない時代。

「へぇ~、それで大きいんですか~。」
女子達の反応は、それでお終い。

彼女は、少し興味を持っている様子がうかがえた。
が、適当に話の相槌を打つ程度で積極的な参加はしてこない。
お開きの時間。
二次会は、不参加。
彼女も帰るという。
駅を聞くと僕と同じ電車で方向は逆。
では、駅まで一緒しましょうということになった。
一人なら決して通らない公園を
ショートカットしましょうと言うのでその中を歩く。

ラグビーのことを詳しいようだった。
「舘林さんは、フッカーですよね?
 TVで観戦することがあります。
日本代表の試合になると圧力が違うんでしょうね。」
「はい、」
「スクラムの先頭でボールの方向をコントロールするわけでしょう?」
「はい、」
「相手の勢いがあるし、ボールは楕円だし扱いが難しそう。」
「はい、難しいです。」
「背番号は、2?」
「そうです、会社のチームでも2です。」
「フッカーという言い方は、
 ボールを足で引っ掛けコントロールするからです。」
「最前列の選手ですから攻守ともに要のポディションですね。」
「最初の盾鉾ですから強いに越したことはありません。」

こんな風に女子と二人っきりで歩いたことのない僕。
彼女が、会話をリードしていた。
ラグビーとそして僕を知っていたことが嬉しい。
対面で会話していたら汗が噴き上がっていただろう。
それほど舞い上がっていた。

そんな時だった。
背後から突然自転車が通り抜ける。
無灯火の上に声かけもなし。
公園の小道なので二人で歩くと自転車が通る幅が残るくらい。
彼女が左、僕は右で右を開けていた。
そこを結構な速度ですり抜けていった。

僕のチキンが現れた。
「ひぇ~つ!」
不覚。
少し重い空気に包まれた。

公園の端まで10m位の場所。
まもなく通りに出る。
青信号が点滅を始めた横断歩道を先の自転車が渡ろうとしていた。
更に速度を上げた。
そこに右折しようとした乗用車が侵入。
自転車の後輪に僅か接触した。
コントロールを失った自転車。
ふらふらっと流れ向こうに渡り着こうとしていた老女にこれも接触。
真ん丸体形で短躯の老女は、態勢を崩し俵転がり。
何回転かして駐車中の車の下に収まってしまう。

僕は、事故現場に一気に駆けだしていた。
近くにいた歩行者に交通の整理をお願いした。
乗用車の下敷きになった老女。
事故車から運転手が降りてきた。
その彼に引き抜くよう指示。
僕は、車を持ち上げた。

彼女は、小走りしながら携帯電話で救急車出動を要請。
的確に位置と状況を説明していたようだ。
眼鏡をかけていた。
電話を終えて
「私は、N大の外科医です。」と名乗り膝を折り老女を診る。
バッグからハンカチを出し頭の下に敷いた。
「私を見てください。私が見えますか?」
老女は、弱い声で「ええ、」と応えた。
「痛いところがありますか?」
手足、首の動作を確認している。
少しのやり取りの後、
「大きな怪我は、なさそう。
でもこのまま寝かせていて。」

次に自転車の彼に問いかけている。
「こちらも転倒した時の打ち身程度のよう。
警察の調べがあるだろうからここにいなくちゃダメ。」

事故車の運転手、
「暗がりの公園から勢いよく出てきたので自転車を確認したときには停止できなかった。自転車の方とおばあさんに大きな怪我がなさそうでよかった。」
固い表情でそう語った。

自転車の彼は、 無灯火の負い目があるのか現場を逃げようとする素振り。
僕は、彼を無言で圧する。

直ぐに救急車が到着。
隊員が、寝かせている老女に近寄る。
「頭を打っているかもしれません。そこは、丁寧に対応をお願いします。」
彼女は、自分が大学病院の外科医であることを告げ
状況を的確に説明して老女を送り出す。

パトカーも到着。
自転車君と事故車運転手そして僕達との聞き取りをした。
一応が済むと僕たちは当事者ではないので連絡先を聞かれた上で開放。
コーヒーショップで一息つくことになった。
僕は、カプチーノを彼女は紅茶を注文。

僕、「目が悪かったんですか?」
彼女、「この距離でも舘林さんの顔の輪郭が分かる程度です。
事故だと叫んで急に走り出した時に眼鏡をかけました。」眼鏡の彼女も素敵だった。
彼女の有能さがさらに際出ている。

僕、「あのおばぁちゃんは、あの体形だったから
見事に派手な転がりかただったけれど頭を打っている様子がなかったし
頭以外も強い衝撃を受けていないようでしたね。」
彼女、「あの転がりは、なかなか見られない光景でしたね。
僕、「N大の外科医だったんですか?」
彼女、「研修医です。」
僕、「インターンは、終了して医師免許も取得しているってことですね。」
彼女、「インターンと研修医とを混同される人が多いのによくご存じですね。」
僕、「大学の時、医者を目指すチームメイトがいてそいつからの聞きかじりです。
はずみで車の下にもぐりこんでしまうなんて凄い偶然でしたね。」
彼女、「その車を持ち上げてしまうなんて信じられない力でした。」
僕、「浮かせる位ならいけるだろうと咄嗟に動いていました。」

彼女、「いままでラグビーは、TV観戦だけだったけれど
グラウンドでそのスピードとパワーを観たくなりました。」
僕、「今日、来てよかったです。員数合わせだったんです。
彼女、「あら、私もです。」

僕、「僕は、TNTボンバーと呼ばれています。」
彼女、「知ってます。TVでも名前よりボンバーと呼ぶ方が多いですもの。」
獏、「その意味知ってます?}
彼女、「そのままではない?」
僕、「チキンで泣き虫な舘林でTNTなんです。」
彼女、「TNTならボンバーが付いてきますね。」
僕、「ピッチ上の僕は、TNTボンバーを不思議に思う人が居ないんです。」
彼女、「でもなぜチキンで泣き虫なんです?」
チキンと泣き虫の由来を説明した。

僕、「さっきの自転車の追い抜きでも驚いてひぇって言ってました。」
彼女、「私もよく有ります。
それは、動物として自然な行動。
自然界でも咄嗟に未確認な遭遇があるととても驚きますもの。」
獏、「得体のしれないものに非常に弱いんです。」
彼女、「ピッチ上のプレイとのギャップが大きい?}
僕、「得体のしれないものに恐怖があるんですね。}
彼女、「普通です。」
彼女、「泣き虫の原因になった映画の題名は?」
僕、「奇跡のシンフォニーです。」
彼女、「今度レンタルしてみます。」
僕は、一緒に観たいと強く思う。
でもその時は、まだ口に出すことはできなかった。

試合の連絡をすると約束して携帯電話のナンバーを交換した。
電車に乗った僕は一人にやけていた。
大きないかつい男が表情を大きく崩していた。
まわりから怪訝な視線を感じた。
それに気づき咳払いして何度も顔を戻した。

つづく

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