2019年8月8日木曜日

小説 Lugh ルー 15

ホテルを8時に出た。
霧はまだ晴れていない。
「これから先は、霧が多いかもな。
「レインウェアが必要になるかなぁ。」
「そうなるかもな。」

「今日は、どこまでにする?」
GoogleMapを広げて話を進める。
「釧路か厚岸か?」
「厚岸だとしたら260Km
釧路で220km
釧路の手前白糠までで180kmってとこだね。」

「その後は?」
知床峠経由でウトロまで白糠から最短で229km。
釧路からなら最短186km。
どっちも根室はショートカットだね。

「知床峠は、ちときついぞ。
その分を考慮して無理をして釧路まで走ろうか?
明日に余裕を残そう。」
「そだね、泊りは?」
「駅前のホテルにするか。」

次の目的地まで届けてもらう荷物を預けに向かう。
宅配便の営業所は、戻りになる。
片道約5kmの戻り。
「宿で預けられればもっといいんじぁない。」
「そこは、検討事項なんだ。そうしたことが整備されて
万全になってゆくだろうし利用者に支持されてゆくことになる。
途中からアクシデントで輪行に変更せざるを得ない場合の
サポートもまだまだ課題が残っている。
割安で乗せてくれる民間の車が地域に出来ないだろうかとも考えている。」
「そこまでできれば利用者がうんと増えるね。」


知床峠













特にこれからの道のりは町から町への間隔が遠い。
コンビニで補給食の万全準備をした。
ガスが掛かった状態の中、国道336号線を東に走る。
襟裳岬で「どうする?」と父。
様似から40kmほどの地点。
「トイレタイム」
オートバイ、乗用車、キャンピングカーが停まっている。
「風の館、観てくか?」
「前に来たことがあるから見学は、なし。」

襟裳岬近辺は、無計画な伐採により浜から山にかけて砂漠化した時期がある。
そして海が死んでしまった。
昭和28年、1953年に緑化復活活動が始まり、砂漠化を食い止めたという。
現在は、全日高コンブの6割が襟裳産になるほど豊かな海を取り戻している。
その活動は、今も続けられられている。
と父が話してくれた。
駐車場のトイレを使わせてもらい早々に再スタート。

百人浜に降りると暫く平坦。
この辺りが砂漠だったなどと俄かには、信じられないほど低木の緑が広がっていた。
強風の日には、砂嵐になったのだという。

昨日もそうだったけれど、今日も獲得標高は精々200〜300m。
ただただペダルを踏むだけの時間。
でもこれが飽きない。
こんな単純な繰り返してだけなのになぜ飽きがこないのだろう。
ただ100km前後から上体に疲れが出る。
ハンドルの握りを変化させたりスタンディングでほぐす。

道の端が林だったりすると必ずウグイスが鳴いて歓待してくれる。
「ウグイスの鳴き声が激励しているように聞こえる。」
「本当は、威嚇啼きだな。ここに近寄るな!」
ヘルメット姿が大きな猛禽類に見えるのかもしれないな。」

「霧が晴れてきたね。」
「気持ちがいい。」
「広尾町で少し遅いお昼を済ませよう。」
コンビニでお昼の補給を済ませる。

「ここからだと釧路まで140km台、ちと急ぐか。」
「せっかくの釧路なら幣舞ぬさまい橋の夕日を見よう。」
「そだね、日没は7時少し前みたいだから6幣舞橋到着で行こう。」
「せっかくの釧路なら幣舞橋の夕日を見ないばな。」
「よし、踏むぞ。」

この日は、二人で爆走。
釧路市の近くまで町らしき集落がない。
通行量も極僅かしかない。
海を見ながら国道336号線をひた走る。
途中から国道38号線の合流。
通行量が増えた。
「あと60km。」
「よっしゃー!!」

幣舞橋に6時少し前に到着。
平均時速は、32km/hを少し超えた。
「おやじ、やるじぁん。」
「まだ余裕だな。」
「先に荷物を受け取ってチェックインしてしまおう。」
ホテルは、釧路駅前。
荷物は、その駅着きになっている。
この幣舞橋から1kmと少し。
幸い快晴。
さっさとチェックインを済ませて荷物を部屋に入れて再度幣舞橋に。

6時30分、そろそろ日没が始まろうとしていた。
刻々と夕焼け色が変化してゆく。
「どうして美しく思えるんだろう?」
「なぜかなぁ、ルーは、どう思う?」
「一日の終わりを見ているからかなぁ。」
「安堵感、そして感謝もあるなぁ。」

「ルー、肩はどう?」
唐突に聞いてきた。
「多分駄目。」
父は、それについて追ってこない。
僕の後を待っている。

「シャドーピッチングは、再開しているんだけど角度が付かない。
開いてしまうんだ。
僕は、打てない真っ直ぐを投げたかった。
それが投げられた。
怪我をして手術して、シャドーを再開してから
そのための一番大切な肩の稼働が狭くなった。」

「リハビリでカバーできないのか?」
「もしかしたら出来るかもしれない。
ただ、僕の中の野球は、終わったと感じている。
もうすぐプレートが外れるけれどそれは、
ピッチャーの再出発の意味をなさないような気がする。」

「まだ16歳、だけど16歳。」
「どういうこと?」
「ルーの中のエネルギーが燃え尽きたわけではない。
むしろ日増しに大きく強大なマグマが溜まり続けている。
それをそのままくすぶらせてしまう男では、ない。
そのエネルギーは、何を目指そうと非常に大きな結果をもたらす。
今ルーに必要なのは、何をするのかという目標だけだな。
ミーマーも僕も100%ルーの支えになる。
焦らないことだ。」

「ありがとう。」

すっかり陽は、落ちた。
「向こうのロータリー交差点から上に橋を俯瞰して見渡せる公園がある。
移動してみよう。」
JR釧路駅へ続く大通が連らなっている。
橋といい道路といいそして街並と言い全部人が作り上げた物。
自然だけでなく人工物も美しく見える。
これも不思議。

「腹が減った!!」
「そうだな、何食べたい?」
「ザンギ!」
「そうだな、釧路がザンギの発祥地だからな。」
「その元祖の店って?」
「鳥松だな。」
「仕事で来たときに地元の人に案内されたことがある。」
「行こう。」
一旦ホテルに帰ってさっとシャヮーで汗を流して出かける。
目指す店は、ホテルから歩いて10分とかからない距離。
海からの風で涼みながらそぞろ歩く。

「釧路って炉端焼きの発祥地でもあるんだよね。」
「実は、仙台のその名も炉ばたという店が最初らしい。
釧路は、それに倣ったんだな。」
「そうだったんだ。
夏でもストーブが必要な時があるくらい
寒い土地だから炉端焼きが受け入れられたんだね。」

鳥松のザンギは、骨付き味付き。
そこをさらに液状のピリ辛タレを付けて食す。
父は、サッポロビールを流し込みザンギを手掴みして口に運ぶ。
僕は、もちろんソフトドリンク。
喉を潤してから父に倣って手掴みでむさぼる。
ご飯野菜炒めを間に挟みながらほふほふとひたすら食べた。

そして思う。
僕はもうピッチャーに戻らないだろう。
その一番の理由は、求め続けた打たれない真っ直ぐが
打者三人だけだったけれど投げられた事。
それに満足した。
これから地道にリハビリすれば戻れるかもしれない。
でもあの満足で最高の満足だった。
なによりあの球を再現出来ないであろうと
僕の本能が教えてくれている。

僕の身体能力は、世界を見据えられると誰もが評価してくれる。
それが何かは、判らない
ならば今は、そのための基礎を築きたい。
ロードバイクで下半身を強化させておけばどんな種目にも適応できる。

「俺、世界のルーになるんだ。」
思わず父に宣言していた。
「ん?」
「まだ種目は、決めていないけど世界の舞台で活躍できるプレーヤーになる。」
「そうか、世界のルーか。
いい響きだ。
親だから一言言う、ルーは、世界の器だ。
だがその器をもってしても世界を獲ることは、並や大抵のことではない。
今までのルーの努力を見てきたから
そこは十二分やり遂げられるだろうと思う。
けれどそれでも世界は、高く、深い。」

「うん、まずは、高校の早坂先輩から勝ちを獲る。」
「誰?」
「自転車競技部のエースで全国的にも有望と言われている先輩3年生さ。」
「2学期が始まったら勝負してもらうことで了解をもらっている。」
「おおぅ、それは楽しみだ。」
「明日の知床で峠アタックするか。」
「勝負!」
「いいなぁ、ルーと勝負だ。」
「今日のうちに補給食を揃えておこう。」
ホテルへの帰り道コンビニに寄る。

翌日ホテルの朝食を早く終えて荷物を預ける。
8時出発、やはり霧。
ホテルのフロントから
「ジリっていますから視界に気をつけてください。
地元では、霧のことをジリと呼ぶことを教えてもらう。
濡れるほどではないし、道路も乾いている。
ただ、見通しが悪い。
前後尾のライト点灯を確認。

アップダウンのない海岸線。
二人で曳き合う。
夏の暑さを受けることなく
釧路湿原~標茶~中標津~羅臼と快調に進む。
「あっという間だったね。」

知床峠の入り口羅臼に着く。
峠を仰ぎ見ると霧が色濃く広がっていた。
オホーツク海から霧が這い上がっている。
「途中レインウェアが必要になるかもしれない。
すぐ出せるように準備をしておこう。」
「頂上の展望台まで約16km、勝負は、この峠だ。」
「負けない。」
「そうだ、羆ヒグマに遭遇する可能性がある。」
「・・・。」
「その時は、あわてないこと、敵意を見せない事。」
「落ち着いて対応するってことだね。」

「それじぁ「1時間切り目標で行くぞ~!!」
「お~~!!」
獲得標高約700m超えを父の教え通りに上ってみた。
ブラケットを握り、頭を前輪側に伸ばしてペースを乱さずに回す。
筋肉を張らず、力まず乱さず、淡々と回してゆく。
「流石だね。」
父に声かけした。
大学までクロスカントリースキー選手だった父。
その後も趣味でロードバイクを駆っていた父。
姿勢が乱れない。
僕は、その後ろを追う。
半分を来た辺りで大きく蛇行する箇所が多く出現する。
きつい場所。
ここからが勝負所。
展望台までの距離は、5~6km。
少しピッチを上げる。
「おっ、来たか。
いいピッチだ。」
「ウイッス!」
「父もなんなく付いてくる。」
そこから4kmほど進んで父が告げた。
「ラス1km!!」
更にピッチを上げてきた。
流石に横揺れしている。
僕も後を追う。
傾斜が緩やかになってきた。
「ラスト~!!」
二人はダッシュした。
ゴールの峠の駐車場の手前で父の脚が止まる。
いや、僕がもう一段加速していた。
前身にありったけの血液を巡らせダンシング。
何も考える余地のない無の脳。
ただゴールを目指し突進した。
口が開く。
涎をまき散らす。
全身の血管が破裂しそうなくらい太く膨れ上がっている。

「ヨッシャ~~!!」
二人だけのアタックは、僕が優勝。
それを見ていた大勢の観光客が、拍手を贈ってくれた。
「ウィ~ス!!、
ありがとうございま~す。」
父と二人大きく背中で息をしながら幸せなひと時を楽しんだ。

16に続く

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