2019年4月16日火曜日

小説 Lugh ルー 7

僕の精神的課題は、氷の思考と炎の情熱。
勝つか負けるか、試合を左右する場面でオーバーヒ-トをして炎上しないこと。

緊張して固まる場面なのに心が躍り始めてしまう。
そんな場面が、うれしくなる。
楽しくなるなら問題はない。
むしろ良い傾向だと思う。
が、それが過ぎる。
熱くなり過ぎる。

ラッセ~ラー、ラッセ~ラ。
2階建て住宅ほどもある大きな行燈がうねり始める。
極彩色の行燈。
台座の下につけた複数のタイヤで進みながらうねる。
小さい頃に家族旅行で観たねぶた祭り。
お囃子が心のなかに流れ出す。
ねぶた太鼓が長いばちでリズムをたたき出す。
横笛が旋律する。
そこに摺り鉦かねが入ってお囃子は、一気に華やぐ。
ラッセラ、ラッセ~ラ...

ピンチで迎える強打者。
打てるものなら打ってみろ。
相手との駆け引きなど忘れてしまう。
僕は、度真ん中の真っすぐで勝負を挑む。
ストライクにさえなればバッターは、打てない。
が、真ん中に投げているはずなのにストライクが入らない。
三振か四球かという出入りの激しいピッチングをしていた。

10歳くらいまでならこれで通用していた。
コントロールを磨けばこれからも通用するだろうと考えていた。

小学校4年生の時に某有名プロ球団元エースにコーチを受けた。
地域リトルリーグ主催の野球教室での事。
僕の投球を見て
「おしいなぁ、もの凄くもったいないなぁ。」と言う。
いぶかしく思い元エースの顔を見やる。
「球が速すぎる、力で投げ過ぎている。」
「なぜ速いといけないんですか?
なぜ力で投球してはいけないのですか?」
「世の中には、優れたバッターがたくさんいる。
速いだけならいくらでも打ってくる。」
それは理解できるけれど、コントロールを磨けば通用すると内心で反論した。














「遅くても打ちづらい真っすぐの方が成功する。
力で投げているとそんなボールが投げられない。
そして必ず肘や肩を故障する。」
遅くても打ちづらい真っすぐってなんだろう?
僕は、理解できないでいた。

エースが実際に投げて見せてくれた。
僕を打席に立たせて
「まずは、君の速い球。」
キャッチャーミットが乾いた音をた立てた。
速い。
が、球筋は見えた。
タイミングさえ合わせることができれば打てそうな気がする。

次に打ちづらい直球。
最初の球より遅いはずなのに僕に襲い掛かってくる。
向かってくるボールが大きく見える。
鈍くて重い捕球音。
怖くて尻もちをついていた。


「教えてください。」
僕は、エースに懇願していた。


一番大事なのは、フォーム。
体全体を使ってボールに力を与える。
僕だって体全体を使っている。
そう思っていたが、自肩の強さで投げていることを指摘される。
テイクバックの両肩は地面と平行に、と教えられていた。
それでは、体の全体が使われていない。
投げる方の肩を一度下げる。
すると回転運動が加わる。
直線運動と回転運動の違い。
回転運動で体重の移動が円滑になる。

今までの地面平行だと体軸がぶれて
腕の振りにねじれができてしまっていた。
投げ終えた時に体が右前に流れている。
ボールにシュート回転がかかつてしまう。
軸がぶれるとコントロールもついてこない。

腕を円運動の軌道にするとボールに対して力が加わりやすい。
縦回転で球が生きてくる。
そして故障しづらい。

もう一つ教えられたのが体を開くな。
コントロールを保つためにキャッチャーミットを見つめたまま投球動作をしていた。
視線を逸らすな、と教えられてきた。
それでは軸が捻じれる。
ピッチャーの投球フォーム前半は、バッターに対して横を向いている。
顔だけキャッチャーに向けると捻じれる、イコール体が開く。
開くのでリリースポイントが早い。
バッターにボールを長く見られることになる。
ピッチャー不利になる。

イメージは、後ろ肩の目。
僕の場合だとミットを持つ右肩の後ろでキャッチャーを見ている意識。
頭はそのままで、目尻でぼんやりとキャッチャーを捉えているフォ-ム。
踏み込み足に体重移動してから初めて胸が:顔が正面を見る。
先の円回転と開かない体の2点で僕の欠点が修正された。

最後に力まないこと、と言われた。
力みイコール緊張は、筋肉を固くさせてしまう。
柔軟な筋肉でしなりを使う。
僕は、今でもここが苦手。
つい力む。

これ以来、円運動の投球を磨いてきた。
まだ鈍くて重い捕球音を出せていない。
が、球の伸びは良い。
体の成長とともにその日が近い予感がしていた。

5月のとある日、他校とのトレーニングマッチ。
9回の裏2-1の場面で回頭からクルーザー登板。

昨夜の爪の手入れが上手くなかったのか、
それとも5月にしては30度近くまで上がった気温のせいか
どうもボールがしっくり握れない。

1番目、2番目のバッターを四球で出してしまった。
自ら作ったピンチ。
練習試合のため延長は、なし。
1点返されると勝ちが無くなる。


この試合は、9回まで0-1で封じられていた。
9回表、最初のバッターにゴリ榊が代打出場をした試合。
対外試合では、初めてのゲーム出場。
監督は、ゴリの脚の速さと出塁率の良さを買ってベンチ入りさせていた。
ゴリが目指すのは、小さな大打者若松勉。
小さくてもプロから指名されるような選手になると宣言している。
そのためにも早く公式試合に出たい。
そして活躍したい。
今は、自分の特性を磨く時期だと言う。
その特性とは?
「俺、目がいいんだわ。」
高校野球では、金属バットを使用することが主流。
芯を外しても良く飛ぶ。
だがゴリは、木製バットを使う。
短めで太いバット。
木製バットは、金属製より割高になる。
耐久性も劣る。
それでもゴリは、自分の特徴を最大限生かすことを考えた。
小さくてまだ非力だから単打狙いでいいのだとも言う。
木製の方が球の勢いを殺しやすい。
当たりそこないやセーフティバントで足の速さが生きる。

プロに行けば当然木製になることも考慮している。
試合用なら1本1万円位の値段。
ゴリは、親に相談してこの春の休みに特注木製バットを2本作っていた。
北海道産アオダモを使用したオーダーバットで札幌の制作会社製。
ロードバイクのおねだりといい、
ゴリの実家は、ホタテ養殖の漁師で裕福らしい。

コンパクトに振ることができる。
ヘッドの重さで打球をコントロールできる。
凡打しそうなボールは、カットする。
ボールを選ぶ。
好球必打。
紅白試合で見せていた。
そこを買われて初めてゲーム背番号をもらった。

普段は、先輩から順に通し番号を背負っている。
対外試合のときに前もってレギュラーと控えに番号が渡される。
渡された背番号を前の番号の上に縫い付ける。
背番号のサイズや縫い付ける場所は、高野連で規定されている。
この日のゴリの背番号は、16番。

「背番号16って巨人川上の番号で永久欠番、俺ツイてる。」
喜んでいたゴリ。

そのゴリが粘った。
粘って16球目に四球出塁。
塁に出ると輝きが増す。
自分のタイミングで走っていいと指示されている。
ピッチャーも用心をする。
何度か牽制が来ていた。
すんででかわす。
試合前に塁に出たら絶対に走ると宣言していた。
一投目に走ってきた。
盗塁を警戒してウエストさせていたにも関わらず
キャッチャー投球をすることもできず。
余裕の盗塁で無死2塁。
2球目、ストライクの欲しいバッテリイは、直球でカウントを稼ぎに来た。
ここで三塁前に送りバント。
三塁手ダッシュしてカバーしたショートに送球しようとするも余裕のセーフ。
ボールは、一塁に送られてワンアウト3塁。
ここでも本盗をしそうな勢いのゴリ。
ハーフラインまでダッシュを繰り返す。
目の前でうるさく動き回るゴリに集中を散漫にされている。
思わず甘い球を配給した。
バッター1〜2塁間を抜くヒットで同点。
これで相手の勝ちは、無くなった。
気落ちして勢いをなくす投手。

うちの4番駒沢先輩が止とどめを刺す。
一球目際どいコースながら手を出さずに見送る。
ワンボール。
2球目でランandヒットのサイン。
外角低めをうまく流す。
打球は、一塁手の頭を越えてライン上をフェンスに向かって転がってゆく。
ランナー2塁を躊躇なく回る。
3塁の手前でライト猛ダッシュで捕球体勢。
3塁コーチが強く腕を回す。
ランナーは、塁を起点にうまくターンした。
強肩ライトは、ダッシュの勢いのまま大きく投球体勢をとる。
投げた。
キャチャー手前でボールが地面を這う。
ランナーと交錯するタイミング。
が、ボールは、少しバックネット側に転がった。
ランナーにスライディングの指示。
キャッチャー捕球して追いタッチ。
ランナーのつま先が一瞬早くベースに触れる。
逆転。

ゴリがかき回して得た逆転劇。
ここで僕が、指名されて締めくくりのマウンド。
台無しにできるわけがない。


キャッチャーの盛岡先輩がマウンドにやってきた。
「どうした?」
「ボールが手に馴染まないんです。」
「さっき新品に替えていたからだな。」
「あっ、そうだったんですか。」
ゴリに勝利を贈りたくて気持ちが逸はやっていた。
球の新旧に頓着していなかった僕。
改めてボールを見ると確かに新しい。
新品ボールには、特有の滑ぬめりがある。
先輩が、ロージンでボールを捏ねてくれた。
「このまま締めてゆくぞ。」
それを受け取りもう一度捏ねる。
2塁に牽制投球してみる。
しっくりしてきた。

ピッチャーにとってボールは、生命線。
その大事なボールに対して無神経でいた自分が情けなかった。
繊細な配慮も必要。
腹立たしい。
自分に怒りが込み上げてきた。
ゴリの記念の試合なのに僕の集中力が不足していた。
怒りのマグマが逆巻いている。
鎮めよう、怒りを鎮めよう。
今一度ボールを捏ねながら深く息を吐く。
怒りが顔面にも伝播して思わず蛸口になっている。
ボールを見ていた視線は、徐々に空に向いた。
吐き終えたとき真上を見ていた。
青い空に白い綿雲がふわりと浮いていた。
蛸口を閉じた。
鼻の頭に力を入れて一杯に広げる。
大気を吸う。
鼻から気管、そして肺に勢いよく大気が伝わる

心にねぶた祭りのお囃子が静かに流れ出す。
北島三郎だな、と思った。
頭が冴え冴えとした。
心は、踊っている。

蛸口をマウンドで晒すのは、恥かしいと思う。
が、自分だけでなく周りもピンチであることは、承知。
ピッチャーの緊張は、ナインに影響する。
泰然としていたほうがいいに決まっている。
表面だけ平静を取り繕っても表情や行動にギャップができる。

緊張を隠さずに晒してしまおう。
僕は、緊張しているけれど自己コントロールが出来ているよ。
リラックスして守備しよう。

野球の醍醐味は、ピッチャー。
投球をして初めてゲームが動きだす。
しかし、ナインがいて野球。
ゲームは、ピッチャーだけのものではない。
ナインとともにある。
そして、チームメイトとともにある。
ここで僕がするべき仕事は、後続を断ち切ること。
僕の打ちづらい真っすぐを盛岡先輩の構えたミットに投げ込む事。

力みが消えた伸びやかな、しなやかなフォームが現れた。
放ったボールに僕の全てが乗っている。
ロージンが炎のように尾を引いてゆく。
ボールが盛岡先輩のミットに吸い込まれる。
初めて鈍くて重い捕球音がなった。
打者は、のけぞっていた。



結局後続を連続三振に打ち取る。
2-1の逆転勝利。
センターを守っていたゴリが凄い勢いで駆け寄ってきた。
僕は、祝福の輪の中心でゴリを迎えていた。

8に続く


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