2019年3月5日火曜日

小説 Lugh ルー 4.

約束の時間にショップ到着。
ゴリは、すでに来ていた。
サイクルジャージは、ショッキングイエローのコンビネーション
少し照れ臭そう。
シューズもヘルメットもグローブも黄色
ヘルメットにピンクのリボンは、・・なし。
当たり前だよね、僕の妄想だもんね。
パンツは、黒短。
スポーツグラス意外は全部新品。
輝いていた。

「ゴリ、格好いい!」
「そうだべか?
でもチョット恥ずい。」
まんざらでもない顔をしている。

傍にアクセサリーを取り付け終わったバイクがある。
ギァチェンジとピンディングの着脱を教えてもらったという。
ハンドルバーテープも黄色。
僕のバイクに比べるとこじんまりして見える。
サドルの後ろに小型バックもついている。
「中に何を入れた?」
「スペアチューブとタイヤレバー、
それからパンク修理セット。空気入れは、フレームにセットした。
「パンク修理をしたことはある?」
「ない」
「練習しておいた方がいいよ。
今日適当な場所で1回やっておこう。」
「ありがとう。」
今日は、走りやすいルートにしようか。



















道端の雪が完全に溶け切れていない場所が点在している。
国道36号線は、雪がないけれど砂利の清掃ができていない。
冬に撒かれる滑り止めの粉石が道の端に追いやられて溜まっている
春になると順次清掃回収されて、
埋め立てしたり乾燥させて再利用したりする。
そうだ西輪厚がいい。



「自転車に馴れるまで抑えめで行くよ。
止まる前には、左のピンディングは、早めに外しておくといい。
止まる直前だと足が下ろせなくて身動きできずに立ちごけするよ。」
「南海さんにも言われた、気を付ける。」
小石を注意しながら36号線を恵庭方面に向かう。
凍結で出来た亀裂や穴にも気を配る。
後ろのゴリにも指差しで知らせる。
大曲から羊ヶ丘通りに入る。
この辺りは、大型ショッピングストアが林立している。
日曜の午後、買い物客の通行量も多い。
特に駐車場への出入りの車に注意を払う。
この地点を右に折れて西輪厚に入る。
車の通りは、極端に少なくなる。

「ペダルが軽~い。」ゴリが感激している。
まだギアチェンジのタイミングに馴れていないので登りで遅れる。
「ギアは、早めの切り替えをした方がいいよ。」
大きく下って少し走ると島松の逓信所跡。
ここで一旦休憩。
ここは、旧国道36号線。
北大の前身札幌農学校の副校長だったクラーク博士の碑がある。

ボーイズ・ビー・アンビシャスで有名だけど、
札幌には、1年もいなかった話は知られていない。
「たった9ケ月の滞在でレジェンドとなっているということは、
多大な功績を残した証だよ。」と父が教えてくれたことがある。
ボーイズ・ビー・アンビシャスは、少年よ大志を抱けだけど
そのあとにこの老人のように,
like this old manと続けられている。
この時51歳。
今の51歳を老人と表現する人はいない。
130年前の明治時代は、寿命が短かったんだろうなぁ。

「逓信所って何?」
「一口で言えば郵便局と駅と宿の合体だね。」
「駅って鉄道があったの?」
「その頃は、なかったんじぁない。
多分、郵便物や貨物を載せた馬車の中継所だったと思う。」
「結構立派な建物だね。」
「それだけ重要な拠点だったってことなのかなぁ。」



ゴリは、「話し変わるけど監督、いいね。
頭ごなしで命令しない。
やっぱり光榮を選んでよかったと思う。」
「先輩も威張ってないもんね。」
「僕もそう思う。」

「それじぁ、この先の川に沿って走ろう。」
「車がほとんど通らないからガンガン行けるよ。」
「競争しようか?」ゴリが提案した。
「川沿いを走って6km位かな、一本道で突き当たりがゴール。」

「ゴリが先に行って。」
「ヨッシャ~!
ゴリが飛び出して行った。
スタンディングでガシガシ回している。
ママチャリの乗り方。
僕は、強力に引き足を使い早いタイミングで高速に乗る。

ゴリの速度が急に落ちてきた。
「ゴリ、どうした、終りかい?」
「酸素切れ。」
やみくもに回すと息が上がってしまう。
僕が、前を引く。
少し速度を落す。
島松と広島の境になる仁井別川は、川幅が広くない。
でも結構大型の魚もいるらしい。
東側が崖で切り立っている。
西側は、丘陵で間に挟まれた平地になっている。
農家が、点在している。
そのところどころが空き家。
高齢化と後継者不足で休耕になった田畑は、不自然に空間を作っている。
それでも空は、青く高い。
雲雀が高く低く上下しながら鳴いている。
道の端には、ガッパイが茎を長くしている。
雪の下で枯れた茶色の草が寝そべったままになっている。
雪溶けの景色は、きれいとは言えない。
でも優しく包み込む太陽光が柔らかで心地いい。
こぶしは、後半月くらいで開花だろうか。
その後ツツジや梅、桜が次々と咲く。
ひと月もすると若草が生え揃う。
萌える春。

※ガッパイは、北海道弁で蕗の塔。

僕が生まれる時に母は、女の子を望んだ。
女の子が生まれたら蕗という名をつけると宣言していたという。
願いは、叶わなかったが僕の名前に蕗の字を入れた。

ゴリの息が整ったようだ。
また前に出てきた。
「ゴリ、ペダルは、ハムストリングスで回す。
シッティングした状態でギアの上げ下げをしながら回転数、
ケイデンスっていうんだけど一定にして回すといい。」
もっと回して。ゴリの今のケイデンスは、60台で低すぎ。
ゴリなら90から100で巡行できると思う。」

ギアを落として急激に回転を上げだした。
「いいよゴリ」
「今いくつ?」とゴリ。
僕もゴリのケイデンスに合わせて回す。
サイクリングコンピューターで回転数を確認。
「90くらい。」
「今は?」
「100行ってる。」
「ゴリ凄い!!初日で100回してる。」
「こんなに回すの~! 俺の足が機械の一部になってるみたい。」
姿勢がぶれなくなってきた。
「ルーの見てたら回すリズムが解った。
その通りにやってみたら回せた。」
「リズム入れるところは、どこ?」
「下の手前。」
「そう、僕は、時計盤に例えて3時過ぎにペダリングリズムを作っている。」

下死点で前で力を抜くことが自然にできている。
ママチャリとはいえ乗りこなしていた証拠だと思う。

引っ張ったり、引っ張られたりでゴールへ進む。
後500mを切った位置で「ラスト~!!」と声を掛けた。

マシンを横振りさせながらダンシング。
強くペダルを引き上げる、逆足は体重を乗せて踏み込む。
ゴリもついてきた。
そしてゴリが抜く。
「行くねぇ。」
マシンに馴れてきたようだ。
まだ余裕のある走りをしている。
横に並ぶ。
「ダッ~シュ!!」
ギアを上げる、下ハンドルに持ち替えて全身で走る。
腕でハンドルを引き寄せ踏み足にプラスさせる。
三つの大腿後面筋肉が急激な伸縮を繰り返す。
マシンは、大きく横に振れる。

離れずに懸命についてくるゴリ。
ゴールの自衛隊演習場へのゲートが行き止まりでゴール。
力を抜いてゴリを行かせた。
「いっちゃ~く!!」
ゴリが叫んでいる。

「こんなに早く走れるんだね。」ゴリが上気した顔で歓喜している。
「ルー、ありがとう。」
「なにが?」
「俺に一等を譲ってくれたべ。」
「僕さぁ、ばっち子だから下の兄弟が欲しかったんだよね。
ゴリといると同い年だけど弟みたいな気がするんだよね。」
「小さくて悪かったよ。」
口をすぼめてすねた真似をしている。
「今日は、新車記念走行会だしね。」

※ばっち子は、北海道弁で末っ子。

ウォーターボトルを抜いて水を一口入れる。
「ここでチューブ交換を見せるね。」
ギアは、リア、アウトにしておくと作業が円滑になる。
自分のバイクを草の上に逆さ置く。
ブレーキのタイヤ圧着面もレバーを外し広くする。
後ろのホィールを外す。
ゴリの工具でタイヤを外し、チューブを抜く。
チューブを入れなおしてタイヤもはめ込む。
チューブに疵をつけいないように。
チューブのノズルは、上にお仕上げた状態でタイヤを嵌めること。
そうしないとノズルの幅が邪魔になりタイヤがはまりづらい。
この二点がポイント。
エアポンプで空気を入れお終い。
一通り説明しながら作業を終えた。

僕は、小学校の6年生時になった時一人で遠出をしたいと言った。
父が「これが出来なければ許可しない。」と手を取り教えてくれたチューブ交換。
マスターするのに結構な時間が必要だった。
「今は、体が冷えるといけないから帰ってから一人でやってみるといい。」
「サドルバックの中に作業用のゴム手袋もあったほうがいいよ。」
「ありがとう。」

ロードバイクが一台向かってきた。
「せんぱ~い!!、ルーせんぱ~い!!」
女子の声。
誰?
傍まで来た。
中学の1年後輩の戸田 毬まりさんだと判る。

「ロード乗っていたの?」
「オッス、初めたばかりです。
こんなところで会えるなんて、感激です。」
女子の中でも小さな戸田さん。
だけど性格・行動とも快活。
飛んだ毬とあだ名されている。

「僕の同級生で同じ野球部の 隆士君
「中学の1年後輩の戸田 毬さん。」
ルー先輩のファンなんです。
野球部のマネージャーをしていました。
三年生になったら大好きなルー先輩がいなくなったので部活止めました。
いつかルー先輩とツーリングしたいと思い自転車を買ってもらいました。」
こんなことを平気で言える娘
「卒業したら追いかけて光榮にいきますから。」
「迷惑ですか?」
迷惑ではない、だがちょっと面倒。
しようがないか、と顔だけ表情を作った。

「そうだこれからミスドへ行かない?
「今日は、榊君のロード記念日なんだ。
母から小遣いをもらってきたから奢るよ。」
話を変えた。

「ルー先輩と一緒ならどこへでも着いて行きま~す。」
「ゴリもいいよね?」
「うん、イイッス。」
「同級生に丁寧語?、おかしくない?」
「そう、そうだね。」
ゴリのリズムが狂っている。
見るとゴリの身体が固まっている。
脂汗も滲んでいる。
体調不良?
「ゴリ、大丈夫?」
「腹減った」
「携帯食は?」
「水だけ。」
「ハンガーノックになると足が止まってしまうよ、僕のを食べて。」
「戸田さんは?」
「私は、ノーサンキューです。ゴリってあだ名?」
「に、似ているからそう呼ばれています。」
「ゴリラっていうよりモンチッチの方に似てる。
かわいいです。」
ゴリにまた汗が噴き出してきた、もしかして?

「じぁ、ミスドへGo!」
美しが丘まで3人のサイクリング
抑えめで走行はしていたが戸田さんは、結構ついてくる。
特に登りは、後ろから煽られた。
ミスドに到着。
バイクにロックをして壁に寄りかける。
「本当に御馳走になってもいいんですか?」
それぞれ好きなドーナッとドリンクを選んで。」
「ありがとう。」
「遠慮なく、喜んで~。」
注文品をトレーに乗せて席に着いた。
僕の横に戸田君が滑り込んできた。
「ウヘヘヘ、先輩横Get~!!」
向かいにゴリが一人。
三人で「いっただきま~す!」

「光榮高校どうですか?」
「野球部どうですか?」
「女子マネージャーいますよねぇ?」
次々に質問が飛んでくる。

学校までゴリと二人で滝野峠越えを始めたことを教えた。

「うわっ!来年は、毎朝一緒できるです~。
 うれしい~。
 私足が速いでしょ。」

そう戸田さんは、2年生の時に中学代表で3000mの北海道大会に出たことがある。
2年で全校の一位だった戸田さんは、陸上の部長先生に頼み込まれて大会に出場した。
そのことを言うと、
「最後の300mで足が止まってしまいました。
それまで先頭を引いていたんですけどゴールした時は、三着でした。」
「大会前に少しトレーニングした程度でそれで三着なら力をるってことじぁないか。」
「それ以来部長先生が陸上部に入ってください。って通ってくるんです。」
「そっか、光榮にも陸上部ありますよねぇ。
 中学陸上でいい成績を出して推薦入学するといいんだ。
 そうすれば入試勉強がいらない。
 そして毎朝ルー先輩と滝野峠ラン。」
 陸上部部長先生に約束もらいます。
 いいです、と~ってもいいです。」
 待て~、そして明日からルー先輩について滝野峠の朝練をすればいい。
うん、それがいい。ね、先輩。」
「それは構わないけれど合わせないよ。
僕たちもトレーニングだから力を抜かないから。」

「決まりですね。」

「それで光榮に入ったら野球部のマネージャーは?」
「陸上は、片手間でやります。」
ゴリと二人で顔を見合った。
これが戸田さんパワー。
この子ならそうしてしまうかもしれない。


ルー先輩の部にキラーSさんいませんか?」
なんですか、キラーSって?」ゴリが丁寧語で聞く。

3年になってから転校してきた子がいます。
道北の子でその子も野球部のマネージャーをしていたんだそうです。」
「それで、」
道北の大会で違う二チームの選手二人が、
キラーSさんに潰されてしまったんですって。」
「どういうことですか?」
二人とも強打者で厳しく内角を攻められて
デッドボールで手首とか指とか怪我をしたんだそうです。」

ビーンボールぎりぎりの投球がSの武器らしいです。
 その子のチームは、初戦で敗退したので
 Sとは対戦しないで済んだって胸をなでおろしていたんですって。」

「そのSは、札幌の学校に進んだって話なんです。」
「それでは、どこの高校かは、判っていない?」
「はい、判りません。その子もそこまでしか知らないようでした。」

「わざとぶつけると違反行為で退場にされる。」と僕。
「退場させられていないんだったらプレイの範囲内ってことです。」とゴリ。
「強打者ほど向かってくるからデッドボールにもなりやすい。
たまたま重なったってことだろうね。
えげつない内角攻めは、プロでもあまりない。
しかし、許容の範囲ならそれは投球の幅。
同じ大会で続けて二人怪我をしたことは、偶然だろうと思う。
それをキラーSと呼ばれたらそのピッチャーが可哀そうだと思う。」

「野球は、常にその危険が付いて回る。
仕方のないことです。
それとそのPは、コントロールがいいんだよ。」ゴリも同調。
「ルーのようにど真ん中の真っすぐでも打たれないPがいれば
内角のストライク、ボールを微妙に突いてくるPもいる。
コントロールの悪いPだとそれはできない。」

「そうか。」

ドーナツを食べ終わり話題も一段落したところで解散。
朝は、僕の家集合ということにした。


5に続く

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