2019年2月18日月曜日

小説 Lugh ルー 3.

「盛岡、三打席目に勝負させたのはなぜだ?」
「はい、監督は白石のリリーフを見たいのだろうと思いました。」
監督は、軽くうなずきながら「それで」と次を促す。
「2打席で右打者でも通用するだろうと思いました。
では、勝負させたらどうなるのだろうかと。
単純な興味です。」

あれ?
この監督は、選手を叱らない?
淡々と話を聞いている。
推薦の面接の時に言っていた
「選手の自主性を大切にしたい」って。
本当のようだ。

「白石、何で駒沢の初球にチェンジアップを投げた?」
「はい、7~8分の真っすぐをより速く見せるためです。」
「では、最後のワインドアップは、なぜだ?」
ありのままを話そう。
「三振を狙いました。」

駒沢先輩が僕を睨む。
でも表情は、柔和だ。

「駒沢、ホームランの球はどんなだ?」
「はい、それまでの球に比べて素直な球筋でした。」

監督は、一通り聞き終えてから
「白石のキャッチボールを見て伸びのあるいいボールだった。
リリーフ場面で見たくなった。
だからそのままの7~8分の指示をした。」
「それが右バッターに対してどうか?も見たかった。
盛岡の言う通りだ。」
「まだ本調子ではないが4番をぶつけてみた。」

「白石は、シーズンが始まったばかりなのにいいピッチングをした。」
「初球のチェンジアップで後の真っすぐを早く見せる、もいい。」
「盛岡も白石とは、初めてなのにあれをよく後逸しなかった。」
「はい」と小さく応える盛岡先輩。
「三打席目の勝負は、俺も見たくなっていた。
多分白石も駒沢もそうだろう。」
二人は応えた「はい」


















「盛岡なら間違っても試合であのサインは、出さないだろう。」
「はい」と盛岡先輩。

「最後の投球は、白石の力みだ。
力みは、禁物だ。
今一度胸に刻んでおけ。
そして実際のクローザー場面では、強い緊張が生まれる。
全国大会や国際大会を経験しているとはいえ高校野球は、もっと緊張が高まる。
今日の投球を見る限り白石は、肝が太そうだ。
君ならこなせるだろう。
だが、緊張から生まれる力みをどうしたら解消していけるか、を見つけるように。」

「はい」

「駒沢は、逃さずにそこをよく打った。
課題の体重移動が小さくなってる。
バットの押し出しも最短で捉えていけるようになっている。
これなら変化球にもついていけるようになるだろう。
更に上げてくれ。」

「はい」

「盛岡は、さらにキャッチング精度を上げるように。」
「はい」
「解散」
「ありがとうございます。」


駒沢先輩と盛岡先輩が尻をポンポンと叩いて健闘を称えてくれた。
僕は、キャップを取り二人に「ありがとうございま~す!」と礼をした。

汗を拭きアンダーシャツを着替えてゴリと合流。
「ナイスプレイ!」
「ナイスじぁないよ、ホームランでさよならだよ。」
「あれはしょうがない。
オールスターの対決みたいなもんだべさ。」
「本番ならもっと違う攻め方になってるべ。」
「悔しかった?」
「そうだね。」

明確に応えず、話題を変えた。
「それで行く店決まってるの?」
「おじいちゃんに聞いたらホームセンターだべか?って
おばあちゃんが、そういえばドーム横に専門店があるよ。
そうだな、近いしいいんでないか。って。」

「バイシクル札幌だよ。
うちは、あそこで買い揃えている。」
ロードバイクは、専門店で買うといい。
精密機械だからメンテナンスも大切になるし。」

「じぁ、そこに行こう」
汗が出て店で冷えるといけない。
今日は、ゆっくり流そう。」

4月は、北海道の自転車シーズン開幕。
ショップは、週末と相まって混み合っていた。
カウンターにいた顔見知りのお姉さんに
「こんにちは、友達にロードを見せてあげてください。」
ゴリを紹介した。
「ロードバイクは、初めてです。
よろしくお願いします。」と挨拶している。
光栄高校まで滝野峠経由で朝、毎日走ることを知らせる。

「予算は、決めてますか?」
ゴリは、「親に必要なものを全部揃えて20万円までと言われてきました。」
ロードバイク乗りの知り合いから
初心者でもこのくらいは必要だと聞いたことがあると
お父さんが覚えていたと言う。

「もう少し安いクラスもあるけれど
走りが充実してくると上が欲しくなりますからね。」

「身長は、いくつですか?」
「163cmです。」
ゴリの体形を眺めてから、
「ちょっと待ってください。」
接客中の南海みなみうみ さんのところで助言をもらっているようだ。
南海さんは、プロのメカニックでレーサーでもある。
夏だけでなく冬の雪道も走っている。
南海さんが僕達を見て目礼してくれた。

「凄いおすすめ品がありますよ。」
バイクへ案内してくれる。
「これどうです?」
「すごく安くなってる、流行色の夢色ブルーですね。
「はい、去年のモデルなんです。」
「丁度合うサイズだと思います。
実は、女性仕様で少し女子っぽい色ですけど。」
「男子でも問題ないのですか?」
「基本、大きな違いはありません。
体形に合っているかどうかが重要です。」
「今年のモデルが売り出されているので年落ちで安くしています。
アルミフレームですから耐久性と軽量性は、備えています。
コンポーネントも上位クラス使用で
3年間毎日通学で使っても大丈夫ですよ。」

「全然いいです、僕、フェミニン好きです。」
「ゴリ、フェミニンって?」
「女性らしい柔らかな感じのファッション。」
ゴリがファッション!?
坊主頭にピンクのリボンでも付けているのだろうか?
一瞬そんなぬいぐるみゴリラを想像した。
「ルーどう?」
「面白いんじぁない、いいよ。」

「跨ってみてください。」
全体にこじんまりしたゴリの体形にピッタリしている。
「納まりが、いいよ。」
「決まりだね。

「ピンディングは、どうしますか?」
「ペダルと靴を固定する金具のこと。」
完成車にペダルは、ついていない。
「どうしたらいいの?」
乗り方や個人の好みで種類を選ぶ。
「ロードバイクならピンディングペダルがいいよ。」
「僕は、ある程度歩きやすいSPDを使っている。」
「ペダル着脱もしやすいですね。」とはお姉さん。
「俺も、それにするわ。
シューズ、ヘルメット、ロック、グローブ、ライトとアクセサリーを決めてゆく。

1時間後くらいに南海さんの手が空いてフィッティングできるようになるという。
ハンドルバーテープを巻くために受け渡しは、明日の午後になる。

高校野球に練習休みの文字は、ない。
明日日曜日は、午前中の練習。

「じぁ、明日の午後一緒に新車記念走行会をしよう。」
「いいね、明朝の滝野は、パスする。」
「OK、サイクルパンツとジャージも揃えたほうがいいよ。」
ゴリは、今朝の1回でママチャリ峠越えが懲りたようだ。

僕は、先に店を出て帰宅。
いつものルーティンをこなした後で夕食。
「どうしたルー?」
「う~ん?何が」
「少し顔が曇っていないか?」
父が見抜いている。

「今日、チームの4番にホームランされた。」
「確か3年の駒沢君って言ったか?」
職場でもプロ入りか?と話題になっていると言う。
「ああ、」

母が、ほほ笑む。
「おんなじね。」
「ほら、幼稚園の運動会。
僕、行きたくないって駄々を捏ねて。」
「聞き質したらカンガルー兄弟の三番目は、足が遅いと言われたって。」

長兄が寛至ひろし、次兄が雅斗まさと、そして僕が通蕗。
漢字を一文字づつ取って寛雅蕗でカンガルー。

三人とも同じ幼稚園に通った。
三人目の僕が入園したとき園長が
「二人のお兄ちゃんは、足が速かった。
通蕗君も速いんだろうな。
そうなるとカンガルー三兄弟だね。」

運動会の練習をすると、一等が獲れない。
速い子からからかわれた。
「カンガルーの三番目は足が遅い。」って。
その子は、園長のカンガルー発言を覚えていた。

母は、園長先生にそのことを相談した。
「それは私の失敗ですね、」と。
僕に「ごめんね」と謝ってくれた後に
「でもねそれは当たり前のことなのよ。
通蕗君は、4月1日の早生まれ。」と話をつづけた。
「同じ4月生まれの子と比べると、丸1年早く入園しているの。」
まだ5年間しか育っていないんだから1年の差は、すごく大きいです。
今の走りなら後5年もすると一等賞になりますよ。」

「本当に小学校3年生頃から一等賞だったでしょ。」
母が言った。
「勉強の方も心配してたんだけど中の上をキープしてるんだから大したもんだわ。」
「一日遅けれてればねぇ、私の責任も少し話をあるね。」
「運動は、一等賞だし勉強もまぁまぁでついていけてるし誇らしいくらい。
ルー、ありがとうね。」

ありがとうと言われるのは、少しはずい。
でもうれしい。

父が、「その4番とは少なくとも2年の違いだな。
だけどプロのドラフト候補だろう。」
そこといい勝負をできるって事のほうが驚きだな。
こないだまで中学生だったんだから。」

いままであれほど大きな当たりをされたこのない僕。
少し折れていた。
父母の言葉でいっぺんに霧が晴れた。

でも寝る前のノートには、勝負所ほど力み注意、
集中力を増せ、それはどうする?と書いた。

日曜日は、一人で滝野峠越え。
野球道具だけなのでリュックが軽い。
上り快調!!
グラウンド8時集合で11時30分に終了。
ゴリとは、13時30分にバイシクル札幌で待ち合わせとなった。

帰宅してシャワー、
これも兄貴からお下がりのサイクルジャージに着替えてお昼飯を食べた。

「自転車?」
「うん、ゴリがロードバイクを買った。
午後に仕上がるからこれから新車記念走行会をする。」
「そういえばルーにはお兄ちゃんたちのお古で我慢してもらってるね。」
「あ、全然気にしてない。」
本当に気にしたことがない。
ほんの少しだけ新車が羨ましかったけれど。
気持ちに残るほどのことはない。

お下がりでもいつも友達に「ルー、カッケー!!」って羨ましがられていた。
中学で本格的なロードバイクに乗っている子はいなかったし。

2歳の時から自転車に乗っている。
寛至兄にいのお古でペダルなしのランニングバイク。
大会にも出たことがある。
いつも負け。
その頃は、負け続けても家族が囃し立てて
盛り上げていたので楽しいばかり。
悔しさとかなかったなぁ。

「ランニングバイクってどうしたの?」
「ああ、あれね。
引っ越ししてしまったけど近所の田中さん家に行ったじぁない。」
「そうだっけ」
「お金持ってる?」
「う~ん、少し寂しいかな。」
「持ってきな、ゴリになにかおごってやりな。」
手刀を切ってありがたく頂戴した。

「お父さん、走り?」
「午前中ミーマの買い物に付き合ってくれてお昼したら出かけて行った。」
父と母は、互いに譲のユー、
美雪のミーでユーとミーで呼び合っている。
付き合っているときからの延長だという。
母のことはミーママから、ミーマに変化した。
僕たちは、父の方は、普通にお父さんと呼ぶ。

父もロードバイクに乗っている。
昨夜、父に誘われたのだが友達と約束があると断った。

チェーンの汚れを流してオイルを差しておいた。
余分なオイルを拭いてタイヤの空気圧をチェックして出かける。



4.に続く

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