2019年2月4日月曜日

小説 Lugh ルー 2.

目覚まし時計をセット。
寝たのは、11時。 
鳴る4時30分寸前に目覚める。
セットした直前に起きる、と自分に暗示をかけている。
できた時は、気持ちいい。
大きく伸びをして急ぎで支度を始める。
「おはよう」
「おはよう」
「自分で起きてくるのが偉いね。」
母が褒めてくれる。
「お兄ちゃん二人は、何度も起こさないと起きてこなかったしょ。」
好きな母にあまり世話をかけないようにしている。
恥ずかしいのでそうは言わずに「ああ」と応じた。

朝食を済ませて歯磨きをして、
母が用意してくれたおにぎりを40Lリュックに詰める。
「今日は、土曜日だから早く帰れるんでしょ?」
「うん、だぶん、行ってきま~す。」
「行ってらっしゃい。」

右膝下内側がギアのオイルで汚れるので
野球パンツのストッキングを膝までたくし上げる。
自転車用のグローブをはめる。
ヘルメットをかぶる。

車庫の内壁にかけた自転車を下ろす。
バイクに跨りスタートさせた。
身体が目覚めるまでは、抑えて走る。
5時少し過ぎに日の出の時間。
















まだ日は、登っていないけれどすでに辺りは、明るさを取り戻している。 

東空の茜色が徐々に濃くなる。
紫色の帯が狭くなる。
少し肌寒い。
ユニフォームの上にウィンドブレーカーを着る。


ゴリは、もう先を行っているのだろうか?

羊ヶ丘通りホーマック前交差点を右に折れる。
ここからは、ごくなだらかな登り基調。
白旗山競技場へつながる交差点辺りで
ウィンドブレーカーの前を開けて後ろ腰に回す。
母に裾に小さなマジックテープを縫い付けてもらった。
簡単に留められる。

この辺りから徐々に斜度が付く。
まもなく市立真栄高校が左に見えてくる。

この道は、清田から南区に抜ける裏道。
普段でも交通量は、少ない。
脇道も信号も少ない。
走りやすさからかロードバイクやランニングの人がよく利用している。
小さな峠があるのも利用者の多い理由だと思う。

歩道を走る人がいた。
「おはようございま~す。」
抜き際に挨拶をする。

「おはようございます。」
完全に長距離選手の体形。
スリムで足も細い。
足の運びは、軽やか。
束ねた髪が左右に揺れている。
胸を張りスライド走法。
見るこちらも気持ちがいい。


体は、暖まった。
心拍数は、110bpm台くらいだろうか。
90のケイデンスをそのままにリアギアを一段上げる。
増すスピード。

※ケイデンスとは?
1分間に回すペダリング数。
一回転して1回のカウントとなる。
単位は、rpm。

有明小学校を過ぎる。
前方に恵庭岳が見える。
アイヌ語でエエンニワが語源だと小学校で聞いた。
頭が尖った山の意味。
その鋭角な頂上近くには、まだ雪が残っている。

札幌ふれあいの森駐車場を過ぎる。
まもなく滝野すずらん公園入口の一つます見口に差し掛かる。
ここからは、急坂。
ギアは下げケイデンスを100台に上げる。
ここを時速20kmを落とさずに登り切るのが僕の目標。
でも背中の荷物がそうさせてくれない。

アシリベツの滝で一旦平坦になってから
もう一段キツイ短い登りが待っている。
ああ~、見えた。
前方にゆらゆらと自転車の動き。
大きなリュックを背負っている。
「ゴリ~!!」
ゴリが振り返る。
一段奮起した様子。
でも距離が縮まる。
「ゴリ、おはよう~」
「ウィ~ス!!」
ゴリを抜く。
懸命に付こうとしている。

そりぁ無理だって。
ゴリに脚力があっても自転車の性能がまるで違うんだから。

滝野霊園のモアイ像列で峠となる。
鱒見口からモアイまで3.3km。

モアイ像でゴリを待つ。
これからは、下り。
身体が冷える。
ウィンドブレーカーの裾を前に戻す。
汗が引くまで胸は少し開いておく。
追いついたゴリにもそう伝えた。

「何時に出た?」
「昨日言ったとおりに5時丁度」
「そうか差し引きしても20分で追いつかれているのか。
やっぱ、はえ~。」

再び走り始める。
駒岡の清掃工場横~澄川〜真駒内~中之島と走る。
真駒内までは、下りの高速コース。
僕は、スピードを抑えてゴリを引っ張る。
その先も下り基調だが交通量が増える。
信号も多くなる。
Stop and go の繰り返し。

信号待ちでゴリが頼みがあると言った。
ロードバイクを見に行くから帰り一緒してくんね。
実家にねだったのだという。

今日は、土曜日で授業は昼まで、その分練習も早めに終わる。
快諾した。
ゴリがロードに乗ると速いだろう。
僕も思いっきり走ることができる。

6時に学校に着いた。
朝練前は、1年生の仕事が少ない。
体力トレーニングのコーンやマーカーを配置するくらい。
2年生に教えてえてもらいながら設置してゆく。
次から15分遅く家を出ようかな。
いや、このくらいの余裕があったほうがいいか。


約90分の朝練は、ランニングなど基礎体力トレーニングが中心。
最初に全体でストレッチ。
そしてグラウント6周。
最初の一周は、軽く流して体を温める。
二週目からインターバルトレーニング。
一塁ベースからの30mくらいを全力疾走。
外野で呼吸を整えながら軽く流す。
レフトフェンスからの30m位を再度全力疾走。
3塁くらいから軽いジョキングの繰り返し。

僕は、トレーニングを全力でこなす。
練習は、100%。
本番は、80%と決めている。

10本連続インターバルトレーニングは、キツイ。
3年生の集団が先頭だったが徐々に早い組と遅い組に分かれてくる。
僕とゴリは、3週目で先頭の集団に追いついていた。
ゴリは、6周目まで先頭集団の前。
僕は、その集団後ろに辛うじて付けていた。
終了すると吐き気を催す1年生がいた。
マネージャーがビニール袋を手渡している。
僕は、膝に手を置き背中で息をした。

そのあとは、サーキットトレーニング。
脚力だけでなく腹筋、体幹、背筋、腕と体全体のトレーニングに入る。
ピッチャーは、のびやかに伸縮する筋肉があればいいと思っている。
だから器具を使ったウエイトトレーニングは、しない。
ただ、自分の体の重さを負荷にする筋トレは、必要。
ここでも練習100%でやり切る。
8時00分に朝練終了。

用具の片づけをして汗を拭きアンダーを取り換える。
制服に着替える。
部室のロッカーは、汗の匂いが充満している。
夏になるとどんな匂いに変化するのだろう。
少し怖い気がする。


始業時間は、8時35分
ショートホームルームが10分程度。
そして1時限目が始まる。

ゴリと僕は、教室が違う。
一緒だったら良かったのにとゴリが言う。

今日は、4時限で終了。
13時30分から練習が始まる。

本格的な練習になると使用する用具も多くなる。
先輩に教えてもらいながら用意をする。
ゴリが先頭に立って動き声をかけている。
僕もゴリの音頭にのり手伝う。
「ルーは、やらなくてもいいんでないの。」
「やっぱり僕もしなくちぁ。」
ゴリは、一瞬考えてから「そうだね。」

準備運動をする。
マネージャーからキャッチボールの組を知らされる。
3年生キャチャーの盛岡先輩が相手。
キャッチボールは、野球の基礎

軽く挨拶をする。
最初は、短い距離から軽く投球。
肩を慣らして徐々に長い距離をとる。
キャッチャーは、立ったまま。
今日は、マウンドから3mほど離れたくらいの距離で遠投だけ。
「白石~、変化球は?」
「僕は、真っすぐとチェンジアップだけです。」
「わかった、何球かチェンジアップを入れてくれ。」
「はい。」
監督がキャッチッャーの後ろに位置する。
僕の球筋を見ている。
キャッチボールが終わった後に盛岡先輩に感想を聞いているようだ。

次は、守備練習。
ランナーな~し。
ランナー1塁。
投球のエア動作をする。
ノッカーからマウンド左右にゴロが放たれる。
シチュエーションを変えながら投手候補全員の守備練習が順に繰り返される。

次にバッティング。
素振りからトスバッティング。
一週間後くらいからレギュラーピッチャーの
仕上がり次第で実践投球&打撃に移行すると言われる。

ここまで進んで監督が僕に
「白石、マウンドに立て。」
「駒沢~っ、バッター入れ。」
駒沢先輩は、3年生。
2年生からレギュラーの4番。
「盛岡、受けろ。」
監督「白石、勝負しろ。
ただし、7~8分で力を抜いて三打席連続投げろ。
「もう一つ、盛岡のサイン通りに投げろ。」

実践さながらの設定で僕に全力投球をするなと言う。
何をさせたいのだろう?
一塁にランナーを置いた。
「盗めたらいつでも走っていいぞ。」とランナーに指示する監督。

盛岡先輩が、サインの確認に来た。
「グーは、ストレート。
グー、パーでチェンジアップでいいか?」
「はい、お願いします。」
キャップのひさしに手をかけて軽くお辞儀をした。

監督が宣告する。
スコア0-1で9回裏。
ノウアウトで一塁。
ピッチャー、リリーフで白石。

そういうことか。
でも7~8分の力?

監督の指示に従うほかない。
投球練習をしてから盛岡先輩を呼ぶ。
「一球目だけチェンジアップ使わせてください。
後は、指示通りに行きます。」
「かなり落ちますので捕球気を付けてください。」
「おっ」と軽く返事を返してくれた。

ロージンバックを拾う。
粉をボールに馴染ませる。
大きく呼吸した。
上体の力を抜く。
そして後ろを向きナインに「お願いしま~す。」声をかける。

駒沢先輩が軽く会釈して右バッターボックス入る。
僕は、キャップを脱ぎあいさつした。

野球部員全員が手を止めてグラウンドを注視した。
一塁ランナーを目で牽制しながらセットポジションで一投目を投げる。

直球と同じような軌道のボールは、途中から急激に速度を落とし落ちてゆく。
駒沢先輩は、上体を前足に移動してバットを振る動作。
すんでにバットを止めた。
ボールは、ど真ん中の高めストライクからボールに軌道をとる。
ホームベースでワンバウンド。
キャチャー辛うじて体で後逸を防ぐ。
一塁ランナーは、意表を突かれてスタートできず。
止めた駒岡先輩のバットは、スィングを取られてワンストライク。

次にキャッチャーは、グーをサイン。
ミットは、インハイ。
ボールになってもいいからギリギリを投げろと指示している。

セットでもスムーズでのびやかなフォームでボールを放つ。
バッター振りに来た。
が、ボールの下を掠かする。
ふらふら~と上がった内野フライ。
キャッチャーが「ピッチャー」と補を指示する。
僕は、声をかけて大きく手を上げ捕球体勢に入る。
まずは、ワンアウト。

駒沢先輩の顔に戦いの顔が現れた。
怒りを含んだ顔。
その顔を見て空を見ながら口から大きく息を吐く。
そのまま鼻からお腹一杯の吸気をする。

キャッチャーの要求は、ストレートのインロウ。
いわゆるクロスファイヤーボール。

インロウ、アウトローは、ピッチャーの生命線。
僕は、コントロールに自信を持つ。
12歳の時に元プロ野球の有名ピッチャーに教えられたことがある。
 速いだけならバッターにとって怖くない。
ど真ん中の遅い真っすぐでも打ちづらい球がある。
更にアウトロウ、インロウが投げられれば君なら一流になれる。
そしてその投げ方も教えられた。
それ以来その教えに従い打ちづらい真っすぐ。
そしてイン、アウトの低めを心がけてきた。
針の穴を通すとまでは出来ないけれどそこそこのコントロールを持っている。

高校野球は、プロへのステップともなる。
有名高校の4番は、プロのドラフトに近い存在。
駒沢先輩もプロ行きが期待されている一人。

高校野球の頂点に立ちたいと思っている僕も
チームメイトとは言え簡単に打たせたくない。

でも7~8分かぁ。

より慎重にコースを突こう。
力まずにのびやかにバッターに向かい投げる。

ボールになると見た駒沢先輩が見送る。
ストライク。
7~8分の指示があるのでいつもよりもっと力を抜いている。
それでも伸びているようだ。
去年の秋以来バッターに向かって投げていない。
が、冬の基礎体力トレーニングとシャドーが活きているのか。

低めでも打者手前でホップしてホームベースをストライクの通過。
キャッャーがミットを下向きにしていた為ミットの土手に当ててしまう。

バッターの打ちづらい球は、キャッチャーも取りづらい球。
盛岡先輩は、こぼれたボールを素早く拾い上げる。
しかし、その間にランナー2塁へ。

本格派ピッチャーの腕の位置は、高い。
その腕の高さに加えて僕は、身長がある。
更にマウンドの高さがある。
中学の時は、よく3階から球が出てくると言われた。
特別な角度が付く。
それだけでもバッターにとって打ちずらい。
人間の目線は、上下の移動に弱い。
他の投手ならお辞儀してボールになる高さ。
それが伸びてギリギリのストライク。
久々ながら気持ちがいい。

2塁へ進塁された。
しかし、キャッチャーから距離の近い三盗は、難しい。
しかもバッターは、右。
ランナーにとって三盗は、リスクが大きい。
最悪三塁に進まれてもホームに返さなければいい。

ワンアウトでゼロボール、ワンストライク。
ここも同じくインロウのサイン。
しかし、ミットは一球目より下。
ボールにしてこいという指示。
うなずき2球目を投じた。

駒沢先輩辛うじてスィングを止めて判定は、ボール。
いいなぁ、中学とは違うなぁ。

次のサインは、アウトロウ。


左ピッチャーが最も投げづらいコース。
ズバッと行く。
バッター打った。
駒沢先輩は、予想していたようだ。
予想通りでもこのコースに正確に投げられれば長打はない。
一二塁間にボールが飛ぶ。
二塁手横っ飛びキャッチ。

ランナー飛び出そうとしていたが二塁にカバーなし。
難なく戻る。

これでツーアウト。
駒沢先輩は、本格戦闘モードにスイッチが入ったようだ。

先ほどまでの怒ったような表情から醒めた顔が出てきた。
体全体に気の炎が揺らいでいる。
素振りの迫力も増してきた。
マウンドまで風を切る音が聞こえてくる。

危険な場面で総毛立ちが起きそうになる。
その反面内側から嬉しさの興奮が湧いてきた。
自然に頬きょう筋が上に動く。 


勝ち試合にするか、
ランナーを増やす、もしくは同点を許す展開にしてしまうか。

正念場。

サインは、グー。
ミットは、ど真ん中。
え~!?
勝負していいんだ。

より大きくゆったりと動作して投げ込む。
ボール下を掠る。
キャッャー半立ち、キャッチングできず胸で止める。

ランナーは、走れず。

次も同じサイン。
真ん中高め。
バッター振り切る。
空振り。
ボールは、ミットに収まり2ストライク。

最後にしようと思う。
僕は、後ろを向きナインに2アウト、2ストライクを確認する。
ナインは、「バッター来~い。」と激を飛ばしている。
再びロージンを拾う。
7~8分の指示を守らず振り被って投げた。

全力のど真ん中の真っすぐ。
手を離れたボールは、角度をつけて真ん中に構えたキャッチャーミットに走る。
駒沢先輩がフンッ!とバットを振り下ろす。
バットにボールが乗る。
ボールが歪んでいる。
ボールがはじき返される。
ホームラン!!

あれ~?
速いだけの球。
ドンピシャ~?

「よ~し、お仕舞い~」
野球部全員が集合させられた。

「白石も駒沢も去年秋から実践を離れている。
練習も始まったばかり。
まだ実践練習には時期が早い。」
「だが、白石がいい感じのボールを投げていたのでテストしてみた。
キャッチボールの感じで力を抜いてどれだけ対戦できるか?
思い通り手元でグン、と伸びるいい球を投げていた。」

「白石は、あの感覚を忘れないように。」
「全力で投げるのは、気分はいい。
しかし、それが必ずしもいい球に成るわけではない。
スピードは出たかもしれないが伸びに欠いた。
駒沢は、そこを見逃さずに振り切った。」

「うちは、3年の峯岸と2年の嵯峨二人のエースがいる。
だが最後の締めくくりに弱みがあった。」
「白石は、1年生で長いイニングや連投はさせられない。
ところが、見ての通り一イニングなら十分に行ける見通しが立った。」

「今年は、野手にも優秀な選手が揃った。
全国制覇の現実味をもった。
みんなで一層練習を積んで甲子園の一番を目指そう!!」

「おお~~!!」

その日の練習は、終了となった。
「三人は、そのまま残ってくれ。」

3.に続く

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