2019年11月13日水曜日

小説 Lugh ルー 20

10%を超える700mの激坂入り口でメイン集団が迫る。
各チームのトップで共闘する5人。
ここは、お互いのプライドを捨てて白石を追い詰めよう。
半年前まで中学生だった1年坊に逃げられては俺たちの立場がない。

僕のバイクは、転倒でリアギアが中間から動かなくなってしまった。
3分あったビハインドをメイン集団がアッと言う間に縮める。
はやる気持ちを落ち着かせる。
脚を使いすぎるとつぶれてしまう。
焦らないように、自分に言い聞かせながら登る。
メイン集団が抜いて行く。
その中の早坂先輩が、僕の擦過傷を見て、
「落車か?」
「はい、ディレーラーも逝っちゃいました。」
「スペアバイクは?」
「上で待機してます。」
「今度は、追う番だな。」
「はい、必ず追いつきます。」
「来いよ~。」

集団が瞬く間に離れて行く。
「クッソ~、
必ず逆転サヨナラするもんねぇ。
ヒーローになるのは僕だもんねぇ。」
ひとり言ちていた。
















登り切る前に第二集団も迫せまっていた。
坂を終えると両親と南海さんが待機していた。
旧愛車にチェンジする前に母が、
腰と腕の擦過傷を水で洗い殺菌液を塗布。
伸縮性の湿潤テープを貼ってくれる。
右腰からレースパンツを半分下げて作業。
僕の陰毛が覗く。
「ルー君まだ生え揃っていな~い。」
両親が壁になってくれていたので
他人に見られることはないけれど、恥かしい。
「恥をかかせないでよ~。」
母のからかいに逸はやる気が解ける。
「ゆるゆるになったらアドレナリンが消えてしまう。」
「少し緩いくらいが丁度いいのよ。」

南海さんが苦笑いしながら、
「メインとの差は、90秒。充分に射程距離。
まだ40kmある、じりじり迫って行け。
勝負どころは、滝野峠。
登り終えて真駒内霊園入り口で40秒~50秒まで縮めればいい。」

第二集団が抜いていった。
高橋君がいた。
「白石、ガンバ!」

まずは、第二集団に合流しよう。
傷の手当を済ませて乗り換える。
再スタート。

時間は、12時30分頃。
12時に始まったTV中継で僕の紹介があったらしい。
野球部での怪我のこと。
そして嵯峨先輩の潔白証明の事も紹介されていた。
そのことを後から知る。

僕の貰い事故も流していた。
僕がルーと呼ばれていることも紹介していた。
ルー:Lughは、ヨーロッパの神話で太陽の神なのだと紹介していた。
その上で「太陽の神 Lughは、この苦境を打ち破ることが出来るのでしょうか?
先行していたLughは、立場を変えて今追いかけ始めました。」と煽っている。
この番組のメインが僕であるかのような扱い方。
たしかに1年生で野球部でレースが初めてという条件で注目選手には違いない。
世間の僕の呼び名は、Lughに変わっていた。

そして、この頃からギャラリーが増えてきた。
応援のボリームも大きくなってきた。
「Lugh!!」と呼び僕を応援してくれる。

目前の第二集団を追いかけ始めた。
南海さんの指示、「ここからは脚使って行こう。」
このレースに向けてトレーニングを重ねてきた。
もがきトレーニングも十分に過ぎるほど熟こなしてきた。
毎日のトレーニングの中で何度も何度も繰り返してきた。
クラウティングのまま腰を浮かせてハンドルを左右に振り回す。
アタックして速度を上げる。
スピードに乗せてから一気に差を縮めてしまう。

第二集団の尻尾に食らいついた。
第二集団も5人のトレイン。
「来たか、白石。」高橋君が迎えてくれた。
トレインに加えてもらう。
数回ローテーションした後に思う。
彼等は、漫然と走っている。
このレースでチームのトップ達に
どこまで肉薄できるのか?
などという気概が感じられない。
流して完走すればいいという感じ。
これではトップに迫れない。

一人だけでも追いかけよう。

「行っくぞ~~!!」
右腕を振り上げ宣言した。
ギアを一段上げる。
彼等が付いて来なくてもいい。

意外に全員が付いてきた。
部外の挑戦者に後れを取りたくないと思ったか?
それ以上に僕の情熱に共鳴をしてくれたのか?
「行ってやろうじぁん。」
一人が応える。
第二集団全員の声に聞こえた。
「ありがとうございま~す。」
僕は、再び吠えた。
「燃えるぞ~~!!」

里塚霊園を抜け急カーブの多い短い下りに差し掛かる。
抑えて、とハンドサインを送り慎重に下る。

下ると鱒見口まで約9km、平均1%台の登り。
この傾斜なら速度は出せる。
トレインだとなおスピードが乗る。
第二集団は、各チームの中でセカンドエースに甘んじている連中。
その彼らの情熱に火がついた。
くすぶっていた炎が燃え上がっている。
第二集団が、勢いきおふ。

この道は、観光農園が点在する。
そこの客も混じってギャラリーが続く。
スマートフォンTVで知ったのだろう僕への声援が重なる。
「Lugh!、Lugh!、Lugh!・・・」
Lughって連続で叫び易いもんなぁ。
などと思いながらも自然に気力が沸騰してくる。

細身ながら上背があるので体重のある僕は、
スピードに乗るとその体重がプラスに働く。
トレインの先頭の時は、長めでトップを曳いた。

TVの中の僕は、あの蛸口だった。
アナウンサーが、
「長身イケメン白石が超熱いパッション。
しかしてあの蛸口変顔。
野球の時にこのギャップに親しみを感じたファンが沢山いたようです。」
ピンチの場面で打てない真っ直ぐを始めて投げて
三者連続三振したインターネット動画を紹介していた。

解説の人が、
「彼の場合は、キャラ以前に競技に強いということが一番の魅力です。
この大会でのデビューは、鮮烈と言えましょう。
彼は半年前までは、中学生であったこと。
この年代の1年間の開きは非常に大きなものです。
そこが2年の開きですから。
「確かににそうですね。」

「更に、プロフィールを見ると彼は4月1日が誕生日です。
つまり早生まれです。
誕生が一日違っていたらまだ中学3年生だったことになります。
その少年がこの強さであることに私は、
鳥肌が立つくらいに強い驚きを覚えています。
ほとんど奇跡の世界です。」
「中学三年生が、高校三年生を追い詰めているということですね。」

先頭集団の尻尾が見えるところまで縮めている。
第二集団が迫っていることを知った先頭集団に動揺が走っていた。
既に峠の入り口鱒見口を過ぎた先頭集団。
ここで主導権を握ろうと抜け出す選手が出ていた。
この峠を越すと下り基調が続く。
そしてやや平坦な周回でゴール。
僕のTTを見てスプリント勝負をしたくない。
いまのうちに離しておきたい。
先頭集団は、分断した。

第二集団も登りに入る。
「ここからは、俺の出番。」
と宣言する選手がいた。
中背の選手。
顔が小さい。
上体は、強く見えない。
が、後ろから観察すると下半身の充実ぶりが目を見張る。
粘り強くトルクの大きなディーゼルエンジンを持っているようなものだ。
後で知るのだが“”登りのドラゴン“”と渾名されている。

滅法登りに強い二年生秋山竜二。
彼が吠えた、
「ついてこ~い!!」
ヘルメットの後ろから長い髪を柔らかに垂らしている。
髪を揺らしながら第二集団を引っ張る。
「ここは俺が映る時間。」
と言って僕ににやりほほ笑んだ。
ドラゴンが速い。


登りでは体重が邪魔になる。
特訓前の僕なら千切れている速さ。
しかしそこをケイデンス(ペダル回転数)でカバーする。
南海さんのコーチングのお陰でついていけた。
体重があるけれどリーチ(自転車では足の長さを指す)が長い僕。
ペダリングの下死点で大きな余裕を持つ。
高回転も維持しやすい。
脚が長いのでテコの原理も優位に働く。


先頭集団から千切れた二人が落ちてきた。
僕達第二集団は、登りのドラゴンの引っ張りで一気に抜き去る。
第二集団のトレインは、一人落ち5人になった。

登りが一旦途絶えたアシリベツの滝で
秋山さんが叫ぶ、「ゲンカ~~イ!!」落ちてゆく。
10km余りの登りを一人で引っ張ってくれた。
「ウィ~~スッ!!」残りの4人が片手を挙げて秋山さんの健闘を称える。
モアイまで再び短い登りを交互に曳きあう。

真駒内霊園の入り口で南海さんが
「先頭3人、ビハインド60秒。」
もう少し縮めているかと思いきや
トップ集団も必死で逃げている。

ここからは、下り基調となりスピード勝負。
体重のある僕は、優位。
しかし、ここでも僕より速い選手が前を曳く。
彼は、青森県の弘前の出身でアルペンスキーが専門の2年生須田選手。
大回転と滑降のスピード系で日本の有望選手。
夏は、下半身強化のために自転車競技部にも所属。
180cmに近いだろうか。
がっちりしたスプリント系の身体。
よく峠をこなしてここまで付いてきたという印象。

速い!
コーナー手前で素早く減速。
無駄なくコーナーを攻める。
谷側の膝を横に張りだす。
コーナーを鋭角にクリアしてゆく。
体勢を倒したかと思うとすぐに直立に戻っている。
最短のコースを辿り速度を乗せて行く。
力強さというより鋭さのコーナリングをする。
その後ろに付く。
ブレーキングやラインの取り方を盗む。
ベースを支点に直角に塁を回るゴリのランニングを思い出す。

高橋君とあと一人が少し遅れて付いている。
下る時間は、あっという間に終わる。
その時僕の後ろは、高橋君だけになっていた。
アルペンスキー選手と僕と高橋君が第二集団。
高橋君も粘り強い。

先頭3人との距離は、俄然短くなった。
コースは、駒岡の山間やまあいの道に入っていた。
駒岡小学校を過ぎると清掃工場側に左折して真駒内へ向かう。
この辺りは短いアップダウンとコーナーが多いので
無理せずペースを乱さない走り。

サイクリングコースに入る。
トップに肉薄していた。
3人に追いついた。
全幅をレースコースに占有しているがもともと幅が狭い。
「狭いから抜くな~~!!」
僕は、そう指示した。
少し下りで狭いコース。
先にコーナーもある。
広いコースまで我慢。
合計6人の集団。
早坂先輩が「来たな、」と言いながらにやり僕を睨む。
「チィ~スッ!」 ラスト10km余り。
真駒内公園内のセキスイハイムスタジアムに着いてから
真駒内公園ジョキングコースを左周りで周回してスタジアム前がゴールとなる。
勝負は、周回の3km。
そこまでは、団子のままでいい。

スタジアム前に着いた。
ゴール近辺は、ギャラリーが幾重かに列をなしている。
「ガンバレ~!!」
「回せ~~!!」
選手の応援をしてくれている。
「Lugh!・  Lugh!・  Lugh!・・・・」
僕への応援は、声が幾重にも重なった地鳴りのようになっている。
ゴリと戸田さんが音頭を取り大応援団を形成させていた。
素早くガッツポーズをして応える。
その応援が津波のように次のギャラリーに繋がる。
蛸口に一層力が入る。
飛び出すかと思うほど目にも力が入る。

TV実況の音声がスタジアム前に流れている。
「先頭集団6人が入ってきました。
中のいずれかゴールテープを切ることになるでしょう。
その中に白石選手がいます。
マシントラブルのハンデを乗り越え第二集団を
鼓舞してここまで引っ張ってきたLugh。
中でもひときわ大きなLugh.。
エキサイティングなLugh。
日本にかつてこれほど観衆を熱狂させた
ロードバイクレーサーが存在したでしょうか。」

約3kmの周回半分は緩い登り。
道幅は、十分にある。
僕は、飛び出す。
早坂先輩と高橋君そして第一集団だったもう一人の選手が付いてきた。
早坂先輩が僕の背に付く。
後に二人が続く。
僕は、一旦落ちて三人の様子を観察した。
どれだけの力を貯めているのか?
判らない。
今の僕の経験値では、観察しきれない。

再び抜けだす。
今度は、少し長めで逃げてみた。
早坂先輩ともう一人が付いてきた。
高橋君が落ちた。

僕の中に再び ボニー・タイラーのHolding Out For A  Heroが再び流れた。
今度は、強くリフレインさせた。

Hero!!~~」
沿道は、Lughのコールが続いている。
第二集団でトレイン出来たお陰で僕の脚は、まだまだ残っている。
最後のスプリントで勝負しよう。
早坂先輩ともう一人は、僕の後ろにピタッとついている。
彼らも最後のスプリント勝負と思っているようだ。

が一人が出た。
僕は、付いた。
早坂先輩も難なく付く。
すると今度は、早坂先輩が抜け出た。
揺さぶりをかけている。
二人で僕の脚を消耗させている。

余裕で付く。
僕の特訓の成果が現れている。
いよいよ3人で最後のスプリント勝負。

スプリント勝負は、無酸素運動勝負。
もがきのトレーニングをしている中で疑問があった。
大学で陸上とクロカンスキーをやっていた両親に聞いてみたことがある。
無酸素運動ってどのくらいの時間持続できる?
「45秒ね。」
母が即答した。
以下母の説明の要点。
男子の陸上400m世界記録が43秒台。
42秒台を出した人類は、いまだ現れていない。
42秒からが一番きついと言われている。
それは、無酸素運動イコール呼吸をしていないのではなく
筋肉の要求する酸素を供給できない状態。
その限界が42秒と言われる。
だから陸上400mは、無酸素運動限界への競争なのだそうな。

父が、
「有酸素運動と無酸素運動とでは使うエネルギーが違う。」
と教えてくれた。
単純に色別すると、
有酸素運動は、脂肪+糖で有酸素性エネルギー。
無酸素運動は、糖で非乳酸性エネルギー。
無酸素運動に必要なエネルギーは、肝臓と筋肉に蓄積される。
筋肉を太くすればそのエネルギーも多く貯めこむことになる。

ミーマーが抜かりなく食事管理してくれるだろうけれど。
「勝負の時の補給食も重要だな。」
「やっぱり羊羹ね。」
「そうだな、羊羹だな。
一口おにぎりも良かったなぁ。」

大学時代に父のレースで母が協力していた。
その時に酢飯の一口おにぎりが最後のスパートに効いたと言う。
羊羹もこれまで2個消費。
おにぎりは、駒岡で体に入れていた。
お腹に少し残ったおにぎりで腹の底から力が溢れる。
水分補給も怠りない。
気力体力とも十二分に整っている。

僕は、勝負になるかもしれない最終直線をどのくらいで走り抜けられるのか?
を事前確認していた。
スプリントを掛けると50km/hを越える。
そのスプリントが何秒持続できるのか。

スプリントの体勢に入る。
強く大きくもがく。
惰性で最大スピードを持続させる。
流れ一連の限界が60秒だった。
その60秒のスタート地点は、どこか?

ただ、一人と複数だった場合とで条件が大きく違ってくる。
多分レース馴れしている先輩二人は、僕を発射台に使ってくる。

予想通りに僕を先行させてきた。
60秒の始まり地点少し前に差し掛かる。
僕は、スプリントを開始する。
スピード乗ったところで
二人が飛び出した。
僕のスピードが思ったより出てこない。
僕の脚の限界と判断した。

僕はこれを待っていた。
スプリントの出力を少し抑えていたのだ。
追う。
前二人を風避けに使いつつ。
残り100mを全開された。
MAX ・・・・・・・
二人の横からまくる。
「Lugh!!∼、Lugh!!~、Lugh!!~・・・・」

実況「Lugh、なんと大きくて力強いスプリントでしょうか!」
三人が横一列に並びました。」

21に続く

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