2019年10月16日水曜日

小説 Lugh ルー 18

勝ち虫が翔ぶ

開催日は、2012年10月7日日曜日、体育の日の前日。

第一回光榮高校ロードバイクレース若獅子杯が、正式名称。
あっという間にその日が来た。

TTレース(タイムトライヤルレース)のスタート地点。
アナウンスが流れる。
「エントリーナンバー1番、光榮高校1年白石亨蕗君」
ゲスト出場の僕は、一番のエントリーだった。
高さ1.5m程のスタート台にバイクを乗せ跨った。
両ペダルのピンディングを装着する。
バイクは、係が支えてくれている。
カウントダウンが始まる。

赤トンボが僕の右こぶしに止まる。















距離は、10km。
ハイスピードを維持する力が問われる距離。
札幌の中央を流れる豊平川の河川敷を利用したサイクリングロードがコース。
左右のうちの右岸コースで白石の清掃工場近くがスタート地点。
そこから学校近くの中の島まで、極僅かな登りの平坦。
空は、晴れ渡り少しだけ向かい風。
コースは、テープを渡し所々に係りを置いて完全に封鎖されている。

コーチをお願いした南海さんから、

TTでは、優勝するな。と言われている。
このレースに全力を出し切るとあとの100kmロードの終盤が持たなくなる。
だから一位になるな。
しかし、ロード優勝のために上位でフィニュシュしろと言う。
そんな難しい話、どう理解する?


南海さんが僕にこう諭した。

白石君は、十分すぎるポテンシャルを持っている。
自分の出したスケジュールも完全にこなした。
今の白石君なら100%の表現をすればTTの優勝をするだろう。
が、それだとロードでひっくり返される。
ロードでは単独走となる僕。
チームで臨んで来られるといかに白石君でも負けてしまう。
マークをさせない、そして単独の戦いを考慮して疲労を残さない
そのためにも一位になるなと言う。

TTは、流せ。
気を抜くのではなく7~8分で気持ちよく走れ。
野球部で初めて投げた時に監督に言われたのも7~8分。
力まずリラックスして臨めば僕の力なら上位入賞できる
と分析しているのだ。
ポテンシャルの高さは、自分でも自覚出来ている。
が、全国にはどんな選手がいるのか想像できない。
疑心暗鬼な部分があるが、預けた下駄、乗った船。
レースは、南海さんの案に沿って運ぼう。

南海さんが貸してくれたTTバイク。
勿論カーボン製でとにかく軽い。

自分の気持ちは、整理されている。
胴震いする、奮い立つ気持ちを抑える。

背の高い僕には、ワンサイズ小さな車体。

プロでも小さなサイズを選ぶ場合があるのだという。

サドルを高くセットしてある。
ハンドルは、ドロップ部分がない。
中央にひじを乗せる2本のバーが真っすぐ突き出ている。
DHバーという。
Down Hillが語源。
その姿勢がスキーのダウンヒルの滑空姿勢に似ていることから付けられた。

後輪には、ディスクホィール。
前輪は、ディープリムホィール。


自転車の速さを阻害する最大因子が体に受ける風圧。
ここをいかに抑えられるか。
DHバーが極端な前傾姿勢を可能にする。

南海さん指導の重点は、ケイデンス向上だった。
あくまで自分の考えだと前置きした上でケイデンスと心拍数の関係を教えてくれた。
高い心拍数に耐えられない人は、筋力がたより。
ケイデンスを上げると心拍数も上がる。

僕の場合は、まだまだ高心拍数を出せる年代。
ならば、軽めのギアで筋力を使わずに速度を維持できるようにしよう。
ここぞのときに使うためにパワー温存をしよう。
もちろんダッシュも織り交ぜてトレーニングしましょう。

通常のマシンでも膝下の角度が深い僕。
シートポストが立っているので
このTTマシンだとペダルを後ろに押しているような感触。
ペダリングは、股関節の可動域が狭くて済む。
その分高いケイデンスを出しやすい。

※.ケイデンス・rpmは、1分間にペダルを回した回数。

早川先輩越えを決めてからは、
ケイデンスAV〈アベレージ〉を90rpmに引き上げトレーニングしてきた。
そこを110rpmに上げろと指導を受けた。
僕が考えた4日間の練習サイクルは、継続。
1日目、2日目の距離は、120km以上をこなすこと。
大会コースだけを走るように。
登り、平坦でのダッシュを10本入れ込むこと。

どこに何があるのかも含めて深くコースの学習をするように言われた。
ギアの切り替えポイントは?
キツいカーブのコース取りは、どうする?
団子状態なら?
単独だったとしたら?
様々なシチェーションを考えて走ること。

雨の日は、コースをシミュレートしながらローラ台でトレーニング。
但し、大会1週間前の2サイクルは、
練習量:距離を2割程度少なく。
大会3日前に4日間サイクルを終了させる事。
前々日は、1日目のトレーニング距離6割程度で。
前日は、1日目を5割強度で調整した。
大会に際して疲労を残さないことと、
体に覚えさせたケイデンスの確認をした。

ケイデンスを90rpmから一気に110rpmまで上げることに戸惑った。

フロントギアを落としてもいいから上げるようにというコーチ。
ケイデンスAV110だと最高を120台、
最低を100近くで走らなければ残せない数字。
高いケイデンスを自分のものにするにはとにかく慣れることだという。
確かにばらばらなペダリングが徐々に滑らかさを得られるようになった。

一番使う筋肉は、ハムストリングスと大殿筋、そして内転筋。

特に高いケイデンスには、まっぐ下に
無駄なく踏み込むための内転筋の働きが重要になる。
幸い僕は、ピッチャーとしても大切な下半身ストレッチを持続させていた。
柔軟で強い筋肉を作ってきた。
ベースランニングでも自然に内転筋が鍛えられている。
ペダルを速く回す筋肉の強さに問題はなかった。
速く動かすことに慣れることに多くの時間は必要なかった。
みるみる速度アベレージも上がった。

ウォーミングアップを十分に行う。
筋肉を徐々に温める。
温ったら回転を最大に上げながら心拍数を上げて行く。
僕が苦しいと感じる心拍数は、190台。
そこまで上げて準備をした。

スタートカウントが「1:One」をコールした。
深く吸気する、腰を大きく後ろに引く。
「Zero、」体重を腰から移動させて思い切り前方へ投げ出す。

同時にトンボが舞い上がった。
トンボは、勝ち虫だと祖父から教わったことを思い出す。

スタート台から滑り降りた勢いに引き足で更なる速さを作る。
スタンディングで一気に上げる。
僕の脚は、長い分だけ筋肉量が多い。
そして長い脚は、テコの原理でよりペダルに負荷が掛かる。

カーボン製のホィールが低い共鳴音で唸る。

筋肉を張りすぎないように、無理はしないように。
スピードに乗ったら即シッティング。
ハンドルに腕を乗せ頭を両腕の中に埋める。
ヘルメットも南海さんから借りたエアロタイプ。
フルヘルメットタイプで後ろを細く絞っている。
水滴を横にしたようなフォルム。
これを被っただけで速くなれた錯覚をしてしまう。

ウェアは?
流石に南海さんのは、僕に小さい。
長袖のフィットタイプアンダーウエアとハーフのレーサーパンツを着込んだ。
長袖の下にもう一枚半そでを着ている。
札幌の10月は、一枚だけなら寒過ぎる。

シューズカバーも履いた。
どれほど?と効果を訝っていた。
一説では、10kmで1秒近く短縮されると言う。
足首が長く見える。
寒い日か雨天のためのアイテムだと思っていたが
TT用として開発したものもあるのだという。

TTポジションは、南海さんのコーチィングで作った。
携帯動画を見せてくれた。
背中が丸まっている。
全体を見ると卵型に収まっている。
卵の尖ったほうが前方を向く形。
僕は、上体が大きいので腕と胸に少し空間を作り
風を中央から入れるフォームにした。
胸から入った風が両の腰から抜けて行く。
ダウンフォースがより強くなる。

頭の位置も工夫。
どの位置を取ると風の抵抗を少なくできるのか。
亀さんの警戒フォームになった。
首を体の中に埋める。
首の後ろにヘルメットと背中の隙間を作らない。
目は、斜め前方を向く。
首の後ろに風が流れやすくなる。

上体を安定させて走る。
振れることで推進力が削がれる。
風圧も受けてしまう。

軽く感じるギアを選択。
すこぶる快調。
脚が軽すぎるほど軽い。
がここで踏み過ぎるな。
負荷は、僅かに感じる程度。
踏まずに回す。
TT本番では、110rpmケイデンスを切らないように。
120rpm前後を維持。

空間を切り裂く。
切り裂かれた空間が、ひずみを生む。
ひずみを小さく、空気の抵抗を抑える。
踏んでいる感覚はない。
滑っている。
カーブでは減速することなく滑らかに。
極力倒しこまない、アウト~イン~アストでコースを取る。
気持ちがいい。

凸凹な路面では、上体を柔らかにして衝撃を吸収しながらスピードを殺さずに。

TTバイクは、高い直進性が出るように設計されている。
マシンと体は、一陣の風となってゴールへ進んでいる。
「白石~~!!」
あっ、渡辺さんだ。
軽く頭を下げて「ウッス!!」心の中で応える。

僕は、細身に見える。

しかし、上背がある分体重もある。
その分速度維持が楽になる。
僅かな登りと少しの向かい風だが速度を殺すまでの圧はない。
速度は、軽く40km/hを越えている。
前には、オートバイが走っている。
カメラを構えたTVクルーが後ろ座席から僕を撮らえている。
TV放映は、午後から。
午前中9時スタートのTTレースは、
ロードレースの生中継の中で紹介されるという。

光榮高校を含めて5チーム、全国から五つの学校が集った。

僕の後に走る選手は、インター杯の上位5名とその後に各チームから選抜の2名。
2番手は、早坂先輩。
TTスタートは、1分毎。

3Km辺り。
こんなに軽くていいのだろうか?
まだ早坂先輩は、僕に近ずく気配はない。
スタート2番~6番の選手も全国で五本の指に数えられる。
僕が接近されていないということは、このペースで佳ということか。

ところどころに見物のサポーターから声が掛かる。
もっと踏みたくなるのを堪える。

リラックス。
ボニー・タイラーのHolding Out For A  Heroのサビをリフレインさせた.。
I need a hero
I'm holding out for a hero 'til the morning light
He's gotta be strong 
And he's gotta be rast
And he's gotta be fresh from the night 
need a hero

俺がヒーローになる。
ヒ~ロー~~!!

駄目だ、なおさらにテンションが上がる。

5km地点が過ぎた。
まだ後ろに気配がない。

徐々に観客が増えてきた。
掛かる応援の声も多くなる。
「踏め~~!!」
「すいません踏んでは、いけないもんで。」
「回せ~~!!」
「はい、」
「ガンバ~~!!」
「困ったなぁ~、がんばれないんだよなぁ。」
カモメが鳴いている。
街に住み着いたカモメ。
ビルの屋上は、格好の住処になるのだという。
熱くなる気持ちを抑える。
カモメのようにクールになろう。
自分に言い聞かせながら回し続ける。

6km。
7km。
8km。
まだ後ろの気配がない。
南海さんは15分を切れば上出来だと言っていた。
この分だと余裕で目標を切れそうだ。

南22条大橋を抜ける。
9kmを過ぎて聞き覚えのある声がした。
「ルー~せんぱ~い!!」
戸田さんだ。
「ル~、行け~!!」
ゴリの声。
あ~あ、どうしよう?
もがきたい。
うが~っ!!ともがきたい。
我慢。
我慢。

この後のロードがメイン。
ロードで勝つ。
クールな自分を取り戻す。
通常の10kmTTだと後半は、ペースが落ちてくる。
が僕の脚は、疲れていない。

南22条大橋を潜り抜ける。 
9kmを切りラスト600m。
ピッチとギアを上げた。
ゴールが見えてきた。
ラスト200m。
ここも若干苦しい程度のスパートで我慢の走り。
煮え切らないもがき。
燃焼度の薄いもがき。

これからこれから。
ゴール。
タイムは、14分03秒。
あっちゃ~、速すぎ。

19に続く

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