2019年6月11日火曜日

小説 Lugh ルー 11

鎖骨骨折と肩の靭帯損傷は、順調に回復している。
強めに動かしても痛みが薄らいできた。
リハビリを続けている。
学校帰りにプールにも通う。
1000m~1500mほど泳ぐ。
長身の僕は、人の注目を受ける。
鎖骨の14針の後が禍々まがまがしく僕を見た人は、さらにそれで目を丸くさせる。
少しはずかしい。
が、気にしてもいられない。
クロールをしても平泳ぎをしても左肩の上がりが悪い。
このまま固まってしまいそうな気がする。

僕にとって野球、ピッチャーとは何だろう?
野球を中断している今そんなことを思う。
気の晴れない日々。
でも突然に、唐突に不思議な事が訪れた。





休みの日には、バイクで遠出をしている。
100kmから150km。
その日の気分で北へ行ったりに南に行ったり。
豊平川の左岸サイクリングロード経由で石狩灯台まで下る。
そこから石狩新港~小樽朝里~朝里峠へ。
もがく。
登り切ると山の峰々が連なり深い森が広がっている。
森の緑は、淡い新緑から濃い深緑に変化している。
この森の下にどれほどの命が息吹いている?
森を一望しながら思う。
登ってきた坂道を思う。
自分の脚で登ってきたという満足感。
汗が美しい景色をより一層際立たせる。

一気に下り。
自動車の通行量が少なく信号もない。
枝道もないので注意が散漫になりがちになりそうなものだが、
生身で高スピードを走っているため神経が鋭敏になっている。
その鋭利な神経が、路面状況を明確に捉える。
ご褒美の下り。
登ったからこそのスピード感を味わうことができる。
晴れた日には札幌湖が、碧色を成し空と山を映し出している。


反対に石狩から北に向かう道もいい。
オロロンラインと呼ばれる日本海の海岸線。
石狩斎場の坂は、石狩湾が見渡せる。
登ると高台が少し続く。
そして下り。
眼前に望来の湾を見る。
向こうの丘には、風力発電の白い大きな搭が何機か見えてくる。

あるとき石狩斎場の登りで揺らぐ人影を見た。
自転車だな。
大きなバックを前輪と後輪に振り分けている。
見るからに重そう。
「こんにちわ~。」
「うぃ~す!」
いかつい雰囲気を纏った30前後の男。
「どこからですか~?」
「名古屋。」
「大きな荷物ですね~」
「カメラで撮影をしながらで~、機材があるから荷物が多いだわ~。」
イントネーションが名古屋だ。

「プロですか~?」
「まだ写真で飯が食えていないからプロとは言えん。
いいポイントがあればそこで何日か滞在してシャッターチャンスを探るんだ。」
「日数がかかりますね。」
北海道の海岸を取り終えるのに今年中に回れるかどうかだね。」
「カメラ、面白いんですか~?」
「面白いよ~。」
「どんなところがですか?」
「嘘がないところかな。
大学を卒業してからいろいろあって引き籠っていたんだ。」

人は、見かけだけではわからない。
登りきっったところで足を下ろす。
「人間不信ですか?」
一口包装のキビ団子を手渡す。
「ありがとう、ぐいぐいくるねぇ。」
「すみません。」

「人間不信? そうだね。
カメラに逃げて、写真に助けられたよ。」
「どういうことですか?」
「あるときに部屋に差し込む太陽が輝いていた。
その光が自分の心の扉を叩いているような気がした。
ふとカメラで切り取ってみた。」
「はい。」

「そこには、肉眼で見えていなかったものが写っていた。」
「どんなですか?」
「光の微妙な色合いや陰影だな。
「はい。」
「目で見えている画像が全てではないことが分かってぇ。
自分は、見たくないものを遮断している?
聞きたくないものに蓋をしている?
そう思うと引き籠っている自分が嫌になった。」
「はい。」
「そこから気になる場面を写し始めた。」
「へぇ、」

「君は、いくつ?」
「16歳です。」
「高校生?」
「はい。」
「体格がいいねぇ。」
「野球やってました。」
「過去形だね。その押しの強さは速球投手?
「はい、肩の故障で今シーズンは休部です。」
「戻れそう?」
「わかりません。」
「戻れるといいね。」
なぜかかぶりを大きく振ることが出来なかった。

「僕は、いろいろな場面を撮影したくて走り始めた。
そして、走っていることで一つの真理を発見したんだ。」
「はい。」と言って次を促した。
「人は、動きながら生きているってこと。
動いているから苦しいことが多い、だけど楽しいこともある。
苦しいことがあるから楽しいことがより楽しく思える。」
「溜とどまっているといけないということですか?」
「溜と淀む、淀むと腐る。
少なくても引き籠っていた僕は、腐っていた。」

カメラマンは、夕方までに留萌まで走りたいと発って行った。
僕は、この先の厚田までしか走ったことがないけれど車では通ったことがある。
「オロロンラインのこの先は、大きなアップダウンが続きます。
長いトンネルも数本ありますから気を付けて走ってください。」
彼を送り当別方面へ走りながら自問した、今の自分は?

今、僕は、闇の中にいる。
それは、溜っているということなのだろうか?
闇の原因は、判っている。
一時的なのかそれとも永久なのか?


光榮高校は、春の高校野球でベスト4敗退となる。
しかし準決勝での戦いは、惜敗。
夏の北海道札幌大会は、勝ち抜けた。
南北海道大会が7月に始まる。


中間試験は、終了。
成績は、中の上。
授業についてさえいけたら佳よし
それ以上は、僕の考え次第だと両親に言われている。
野球を休んでいる今だから勉強に精を出すべきなのだろうが意欲がわかない。
7月に入った。
学園祭の準備が始まった。
委員に推されそうになったがリハビリがあると逃げた。

休みは、相変わらず自転車に乗っている。
7月の最初の日曜日は、支笏湖へ向かう。
いつもの滝野峠を越えて常盤から札幌~支笏湖線。
ここは、山岳コース。
数か所の登りを経て最後に11kmの坂を上る。
恵庭湖への分岐点から奥沢への分岐点までが登りのメイン。
何度か車で通ったことがあるのでペース配分ができる。
いい感じで数人のバイクを抜いていた。
登り切ると急勾配の下りが待っている。
この道は、通行量が多い。
慎重に下って支笏湖畔で休憩。
トイレを終えてフルーツ入りゼリーでも食べようかと売店に歩き始めた。

僕に声を掛けてきた老人がいる。
アウトドアな服装ではあるけれどかなり使い込んでいるウエアを纏っている。
古びているものの汚い感じはない。
被った帽子の後ろに束ねた長髪が下がっている。
座った身体の両側にウォーキングポールそして左に20Lのリュックがある。

老人は、ベンチから腰を上げて
「君、いい顔しているなぁ。ちょっと握手してくれんか。」
断る理由もないので右手を差し出した。
僕の右手を握った。

老人は、僕の胸くらいの身長。
僕の顔を仰ぎ見ながら手を放そうとしない。
「痛んでいるな。」
「はい、利き腕の左肩を怪我しました。」
なんで断言できるのだろうと思いつつ応えていた。

「いや、その他の痛みを言っている。」
「・・・・。」
「君の精神が曇っている。が、まもなく晴れるだろう。
朝の来ない日がないように晴れない曇りもない。
君の精神が晴れた時に快晴の空が広がるな。」
腕に粟が立つ。
気持ちが悪いのではない。
沸き上がる前のお湯のように心の底から気泡が生まれてきた。
何かが起きそうな気配。
「わしに団子を奢れ。
水は、持っているからいらん。」
手を放しそう命令をした。
「はい、すぐに戻ります。」
ゼリーと串団子三本を購入。
老人に団子を手渡した。

「どうぞお召し上がりください。」
ベンチの横に座らされる。
「肩に金属が入っているな。」
何故わかる?
「はい。」
「スポーツは、何だ?」
スポーツ故障だと断定している。
「野球でピッチャーです。」

「君がそこに戻れるかどうかはわからん。
だが君は、とてつもないマグマを秘めている。
そのマグマは、世界の頂点に立つことができるエネルギーを持っている。
わしの知る限りここまでのエネルギーは、あのミスター以来だな
そのマグマは、人に興奮を呼び熱狂させそして幸せを生む。
大事にしなさい。」

左手で団子を口に運びながら右手で僕の腰上に手を当ててきた。
暖かい、どれほど大きい手なのだろう?
僕の全身を包み込んでいるようだ。
気持ちがいい。
見ず知らずの、見ようによっては胡散うさん臭い老人に手を当てられている。
それなのにこのまま寝てしまいそうなくらい気持ちがいい。
「よし、ごちそうさまでした。」
と手を離した。
「気を付けて行きなさい。」

「おおそうだ、一つ忘れていた、この先余計なものが見えることもある。
そんな時は、その目に蓋をするように。」
「?、・・・ありがとうございました。」
直立して礼をしていた。
なんだ?
何をした?
何が起きた?
何のこと?
そう思いながら再スタートさせる。

何の質問もせずに別れていた。
どうして老人のペースだけで終えてしまった?

体の芯が無くなっている。
いや、無くなっているのではなく柔らかくなっている。
冷えて固まっていた僕のつっかえ棒が心地良い暖かさと柔らかさに変化している。
スピードを控えて走る。
そのうちに身体が震え出してきた。
どうした?
どうなっている?
そして盆の窪が熱くなってきた。
見える景色が輝きだした。
それと同時に涙が溢れてくる。
さらにスピードを控える。
震えと涙が続く。
それなのに気持ちがいい。
とても幸せな時間。
小一時間異常が続く。
千歳の街が近い。

どう考えてもあの老人が何かをなした結果としか思えない。
何をしたんだ。
帰宅して両親にその話をした。
「チャクラね、ルー君、開いたね。」
母が言う。
「その人は、多分気功の使い手だわ。
ルー君の体に気を巡らせたのね。
そして盆の窪のチャクラが開いたのね。」

母が学生の頃インド大学でアーユルヴェーダを研究している
教授の講演を聞いたことがあるという。
その教授が若い頃にアメリカに留学していた。
その時分に突然チャクラが開いた話に似ているという。

「精神世界のことなので数値で示すことのできないもの。
本当か否かは、置くとして精神のコントロールには有効ね。」
と母は、解説してくれる。
こうも付け加えてくれた。
「科学では説明できない現象。
本当にそれを術として会得した人がいるかもしれない。」
でも大多数は、似非えせなの。
他人を利用するための道具とする人が多い。
そこは、気を付けてね。」

両親ともに息子の身の上に起きた不思議を否定しなかった。
僕のたわ言ではないことは、認めてくれた。
僕の身の上に起きた現象であることに間違いがない。
気持ちのいい震えと涙が出たことも事実。
あの老人の波動が僕に共鳴を起こしたということなのかなぁ。

「チャクラが開いたとしてそれはどういうこと?」
父が聞く。

チャクラとは、細い気脈が束になっている輪の状態だという。
七つのチャクラがあるとされる。
その一つが開いたということになる。
そう母が説明してくれた。

「開くことで何か特別なことが起きるの?」
いろいろ解説する人がいるようだが公平な第三者がそれを証明できない。」
開いたからどうなるものでもなさそうだ。
ただ気の通りが良くなった程度のことなのだろう。
精神世界のことを掘り下げられるほど僕は、崇高な心を持ち合わせていない。
僕は、単純で理解しやすい現実的な人間。

インターネットで調べてみた。
ヒットしたのがチャクラおじさん。
その年83歳。
和合のチャクラを説いて世界を講演して歩いていた時代がある。
和合は、性生活の意味をもつ。
が、もともとは、仲良くすること。
人と人がお互いに気脈、気功を通じ合わせて平和で健康な世界を築く活動をしていた。

あるとき小さな誤解から事件が起きた。
講演のさなかのこと。
チャクラおじさんと浮気をしていると勘違して夫が妻を射殺した。
その時に周りにいた人も巻き添えに合い二名死亡している。
チャクラおじさんは、誤解を受けることを避けるために
必ず複数の中で気功を施していたという。
その事件以来講演をやめた。
大きな資産を赤十字に全額寄付した後に世界を放浪しているという。

若い頃の写真が載っていた。
あの老人に違いない。
たまたま北海道を放浪していた時に遭遇したということか。
気の向いたときに気功を施すらしい。
受けた人たちの多くが人生がより豊かで充実したものに変化しているという。
その人に巡り合ったことは、幸運だったのか。

12に続く 

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