俺宣
自分の中の晴れない気持ちの原因は、判っている。
野手でなら野球を続けられる。
が、自分はピッチャーでいたい。
判っていても打てない真っ直ぐが投げられるピッチャー。
それがしたい。
小さい頃からの夢。
それが叶いつつあった。
出来た、と思った刹那の怪我。
左鎖骨に入った固定金具は、夏休みの終盤に摘出する予定になった。
一月半先のこと。
戻れるのかどうかはそれからのこと。
その審判が下るまでの一日一日の時間が間怠まだるい。
くっそ~!!
3ケ月もまな板に載せられたままの魚なら腐りきってしまう。
早くしてくれ~!!
いら立ちが募る。
募るいら立ちがさらに闇を深くする。
体を動かし汗を流し必死に憂さを晴らしている。
もう一つ心に動きが起きているようだ。
最近、悩みの自問自答に自分を俺と称している時がある。
もういいや、どうにでもなれ。
いっそ俺、悪い奴にでもなってみようか。
自堕落で不謹慎なダメ男になろうか、などと考えることもある。
そう言えば僕は、困った子になったことがない。
親を困らせたことがない。
いつもいい子で育ってきた。
この際わがまま放題の悪い子もいいだろうか?
ば~か、と自分に叱りを入れる。
ずっと自分がやりたいと思うことをさせてもらってきただろう。
どうすねれば根性を曲げらるのだ。
悪い子になる理由が見当たらない。
両親は、三人の子に分け隔てなく接してくれた。
そりぁ、僕が末っ子のために割りを喰うこともあった。
洋服だったりおもちゃだったり自転車だったり。
随分お下がりを預けられた。
でもそれだからってなんで悪い奴にならなければならない。
そのお下がりは、ボロボロのものではない。
両親は、せっかく子供に与えるものなのだからと品質の高いものを選んでくれる。
それは、金持ちの道楽とかではない。
良いものは傷んでも型崩れせず独特の風合いに仕上がってくる。
だから友達からうらやましがられこともしばしばで
それは、僕の自慢でもあった。
子供たちの人格を尊重してくれた。
納得のしつけをされた。
そうしなければいけない理由を分かりやすく教えてくれた。
例えば、尊敬語を使うということは、なぜなのか。
「ルー君は、何が嫌い?」
「ねずみ。」
「なぜ?」
「こそこそと隠れて悪さをするから。」
「それでは、ルー君が友達にネズミ~と言われたらどう思う。」
「怒る~。」
「どうして怒るの?」
「僕は、人の嫌がることはしない。」
「ネズミのようにしているわけでもないのにネズミ~とは言えないよね。
それは、相手をよく知らないし尊敬もしていないから言えることね。」
「尊敬とは、大切に思うことなの。」
「目上の人に尊敬語を使うことも同じ。」
相手を尊敬することは、ひるがえって自らのためであると教えてくれた。
両親が不仲でもない。
反対にいい加減にしたら、と思うほど仲が良い。
そんな家庭環境で問題児になど為れるわけがない。
でも俺なのだ。
そう、僕は俺なのだ。
俗にいう反抗期というやつ。
何かイライラする。
どうも反抗期というそいつが僕に訪れているらしい。
両親に宣言した。
これからは、俺だから。
「なんで?」母が聞く。
「そう言いたいから。」
「俺の由来を知っている?」父が問う。
僕は、知らない。
俺は、己おのれからの変化なのだと教えてくれた。
お前のこと。
二人称としての己なので女性もおのれと呼ばれた。
「おのれの立場を理解できていないようだな。」
目下の者への蔑さげすみを意味する言葉になる。
己は、自身にも通じて自らを己とも呼び己が俺に変化した。
公共の場や、目上を己と呼ぶことは佳よしとしない。
明治の近代教育の中では使用を戒めた。
先の大戦後に自己を表す言葉として復活する。
「悪ぶるイメージとしての一人称というところかな。」
父の説明だった。
「ということは、ルー君が不良になりたいということ?」
「別に不良になりたいわけじぁない。
ただ自己主張をしてもいいかなと思ってさ。」
「反抗期ってこと?」
「そうかも」
「反抗期を自我の目覚めと言い換えができる。」と父。
「自己を深く考え始めたってことね、おめでとう亨蕗君」と母。
続けて、「大人としてのルー君が登場するってことね。」
「どうかなぁ?僕は自分を深く顧みているわけじぁあない。
自己を主張しようかなって考え始めたってとこと。」
「自分の考えを率直にに伝えることは大切なことだな。」と父。
「ヒゲ生えるのかなぁ?、すね毛も?そういえば声が太くなってきたかなぁ?
エッチな本は?彼女出来た~?」とは、母。
「なんかアウトローな雰囲気が飛んでる。」
「あら、そんなことないわよ。恰好いいと思う。
大人な男に変容しようとする頃。
不安定でナイーブで傷つきやすくて、
でも健気けなげに男の強さを表現しようとする。」
「そういえば、松田優作の雰囲気が出てきたかも。」
小学校から坊主頭だった僕は、今回の怪我で延び放題のヘァになっている。
とは言っても2ケ月余りのことなので
松田優作ほどのロングヘァになっているわけじぁない。
「僕も悪ぶるつもりは全然ないんだけどね。」
「茶化すつもりも毛頭になくて
思考回路が成人に移りつつあることをうれしく思っているのよ。」
俺宣言は、一応しました。という程度の柔らかなものだった。
反抗しようという材料がないのだからその程度が妥当というもの。
7月のある日同じクラスの高橋君が一緒に走らないか?と誘ってきた。
「ロードバイク通学しているけれどロングもやるの?」
「ああ、走ってるよ。」
彼は、光榮高校自転車競技部に所属している。
「今度の日曜日に部で走るんだけれど一緒にどう?」
高校の自転車競技は、距離が短く主にトラックで行われている。
他に高校生も参加できるロードレースに出場することもある。
そのための練習も兼ねて休日に長距離を走っているのだという。
150kmほどを予定しているという。
「どのみち一人で走っているのだから参加もいいか。」
と快諾。
その日は、学校がスタート場所でAM8時出発となる。
80km過ぎの夕張までは、ノンストップで走行する。
予め補給食と水を用意しておくように言われていた。
朝学校に向かうついでにコンビニで携帯食を購入。
スポーツ用の携帯食は、腹持ちが良くない気がする。
食べた気がしない。
なにより不自然な味に馴染めない。
ジャージのポケットに餅や饅頭などをねじ込む。
ポケットが大きく膨らんでいる。
ラージサイズのウォーターボトルは、粉末クエン酸と自然塩を溶かして満タンにした。
この日は、1年生2名、2年生2名、3年生3名の部員。
プラス僕を入れて8名のランになる。
女子部員が3名いるけれどこの日は、別行動。
15分前に校庭到着。
野球部の練習する声が打球音がこだましている。
メンバーは、ほぼ揃っていた。
「今日は、よろしくお願いしま~す。」
「ヤッパでかいわ。」
「足、長っ!」
「ヨーロッパの選手並みだね。」
それぞれが僕の印象を語っている。
コースと走行の注意点を3年生キャプテンの三岳さんが説明。
36号線~北広島~長沼~キララ街道~岩見沢~万字~夕張までを一気に走行。
夕張で休憩を入れて由仁から長沼~国道274~帰札の予定。
札幌市内を抜けるまでは
速い班と少し劣る班の二班に分け抑えめで流す。
僕は、とりあえず速い方の班に編入。
エースだという3年生早坂先輩と三岳キャプテン、
そして同級生の高橋君そして僕の4人。
そうか、高橋君は速いんだ。
三岳キャプテン、僕、高橋君、早坂先輩の順で走り始めた。
交通量の多い札幌市内は、ローティションなし。
36号線を大曲で左折。
北広島への下り坂に差し掛かる前あたりから
「スピードを上げてゆくよ~」と指示有り。
安全が確認できていたら下り登りともにばらけて前に出ていいことになっている。
大曲から北広島への入り口は、下り急坂。
危険回避のため車間距離を開けることと指示されている。
先頭が下り終えたら次を待ち全体が合流でローテーションに入る。
登りもそれは同じ。
僕は、細身ながら長身のために体重がある。
その分下りに加速が掛かる。
下りの入りは、2番手だったが下り終えた時には、先頭に立っていた。
速度を落として後続を待つ。
三岳先輩は、下りでは四番手だったはず。
それが僕の後ろにいるということは、下りが得意ということか。
トレインが揃って「ローテ開始~!」の指示。
一気に速度が上がる。
平坦での速度は、35Km/h前後。
僕の後ろは、三岳先輩、そして早坂先輩。
後尾が、高橋君。
先頭だった僕に「落ちて~」と指示が飛ぶ。
先頭の交代は10秒くらい。
僕が後尾に落ちてゆくときに高橋君が「下り速ぇ~!」と褒めてくれた。
僕は、ローテーションの感覚に戸惑う。
列の先頭が緩く車線を変えて左側から落ちてゆく。
最後尾まで落ちてトレインの尻尾に入る。
次の先頭車が落ちてきている。
すると僕は、その時点でもう2番手。
直ぐに先頭が落ちて僕が先頭になる。
4人だから40秒で一回先頭を曳いていることになる。
目まぐるしく位置が変わる。
平坦での速度は、35km/hのキープ。
「白石君行けてるねぇ。」早坂先輩が声を掛けてきた。
「はい、」
「このスピードで行ける?」三岳先輩の問い。
維持できるのだろうか?
自分的には、問題がなさそう。
「多分、大丈夫です。」
長沼の運河跡に差し掛かる。
この日は、南寄りの西風で往路は、追い風。
更に速度が増して40km近くになっている。
長沼の街には入らず農道に左折。
信号がないのでノンストップ。
4人が一つの塊となって疾駆する。
気持ちいい~。
なんだ?
なんだこの感覚は?
後ろに付いているときは、引っ張られている。
確かに引っ張ってもらっている。
でも高速走行なので少々キツイ。
トレインとはよく表現されている言葉だと実感した。
先頭の機関車が牽引する。
ローテイションは、常に先頭が交代するので全員のタイミングが大切。
一体感が強まる。
先頭での10秒を少しやり過ごせば楽な時間を過ごすことができる。
しかも40km/h近くで。
ただ、先頭から落ちて後尾に付けるときは、強めに踏まなければ千切れる。
そこは注意。
長沼の水郷公園を過ぎてきらら街道入り。
この辺から短いアップダウンの連続を繰り返す。
岩見沢グリーンランドの裏を抜けて上志文から万字方面に右折。
極端に通行量が少なくなる。
後続のトレインに異常があった場合は、三岳先輩に電話連絡が入る。
三岳先輩は、アイフォンをハンズフリーにしている。
コールは、入っていないようだ。
順調にトレインが進んでいる。
この道に入ると万字方面から降りてきたバイクに出会う。
数台、そして数グループとすれ違った。
晴れの日曜日とあって坂好きチャリダーが集まっているのだろう。
進行方向では、単独走行を数台抜いた。
あっという間に追いつき、追い抜く。
「お疲れ様で~す。」
美流渡まで一気に突入。
毛陽の温泉を過ぎる。
「少し先から万字の登りだぞう!」
「は~い。」
徐々に勾配がきつくなってきた。
まだトレインは、崩れていない。
「次の急カーブから勾配出てきま~す。
バラケOK!!」
約10kmの登りだという。
メンバーとの脚の差が判らない。
抑えて入る?
どうしようかと一瞬迷う。
自分ペースにしよう。
ギアを軽くしてシッティングでケイデンスを保つ。
強い踏みをしない。
「俺坂嫌いだから前行って。」
早坂先輩は、マイペース宣言。
僕が先頭で高橋君が後ろ。
その次が三岳先輩で早坂先輩が最後尾。
僕のペースは、いい。
軽く回している。
後ろは、千切れずに追尾していた。
3Kmを過ぎてぼくのペースは保っている。
「いいよ~、白石。いいペース!」
僕がアシスト役になっている。
5kmを過ぎた辺りで回せなくなってきた。
脚が重くなる。
ここまでの高速トレインや短いアップダウン連続の疲労が響いてきた。
スタンディングで何とか速度を保とうとするが続かない。
それを見て高橋君が、「ガンバ~!。」と言いながら抜いて行く。
高橋君は、上背が165cmで小さい方。
体つきも細い。
が、登りが得意らしい。
快調に回している。
その後に早坂先輩が付く。
「白石~お疲れ~!」
「高橋、いいよ~!」
チームのエースは、アシスト使いが上手い。
少し遅れて三岳先輩。
僕は、完全に燃料切れ。
諦めてハイロウで70ケイデンスまで落とす。
初めての万字峠。
前のバイクが小さくなってゆく。
13に続く
2019年6月26日水曜日
2019年6月11日火曜日
小説 Lugh ルー 11
鎖骨骨折と肩の靭帯損傷は、順調に回復している。
強めに動かしても痛みが薄らいできた。
リハビリを続けている。
学校帰りにプールにも通う。
1000m~1500mほど泳ぐ。
長身の僕は、人の注目を受ける。
鎖骨の14針の後が禍々まがまがしく僕を見た人は、さらにそれで目を丸くさせる。
少しはずかしい。
が、気にしてもいられない。
クロールをしても平泳ぎをしても左肩の上がりが悪い。
このまま固まってしまいそうな気がする。
僕にとって野球、ピッチャーとは何だろう?
野球を中断している今そんなことを思う。
気の晴れない日々。
でも突然に、唐突に不思議な事が訪れた。
休みの日には、バイクで遠出をしている。
100kmから150km。
その日の気分で北へ行ったりに南に行ったり。
豊平川の左岸サイクリングロード経由で石狩灯台まで下る。
そこから石狩新港~小樽朝里~朝里峠へ。
もがく。
登り切ると山の峰々が連なり深い森が広がっている。
森の緑は、淡い新緑から濃い深緑に変化している。
この森の下にどれほどの命が息吹いている?
森を一望しながら思う。
登ってきた坂道を思う。
自分の脚で登ってきたという満足感。
強めに動かしても痛みが薄らいできた。
リハビリを続けている。
学校帰りにプールにも通う。
1000m~1500mほど泳ぐ。
長身の僕は、人の注目を受ける。
鎖骨の14針の後が禍々まがまがしく僕を見た人は、さらにそれで目を丸くさせる。
少しはずかしい。
が、気にしてもいられない。
クロールをしても平泳ぎをしても左肩の上がりが悪い。
このまま固まってしまいそうな気がする。
僕にとって野球、ピッチャーとは何だろう?
野球を中断している今そんなことを思う。
気の晴れない日々。
でも突然に、唐突に不思議な事が訪れた。
休みの日には、バイクで遠出をしている。
100kmから150km。
その日の気分で北へ行ったりに南に行ったり。
豊平川の左岸サイクリングロード経由で石狩灯台まで下る。
そこから石狩新港~小樽朝里~朝里峠へ。
もがく。
登り切ると山の峰々が連なり深い森が広がっている。
森の緑は、淡い新緑から濃い深緑に変化している。
この森の下にどれほどの命が息吹いている?
森を一望しながら思う。
登ってきた坂道を思う。
自分の脚で登ってきたという満足感。
汗が美しい景色をより一層際立たせる。
一気に下り。
自動車の通行量が少なく信号もない。
枝道もないので注意が散漫になりがちになりそうなものだが、
生身で高スピードを走っているため神経が鋭敏になっている。
その鋭利な神経が、路面状況を明確に捉える。
ご褒美の下り。
登ったからこそのスピード感を味わうことができる。
晴れた日には札幌湖が、碧色を成し空と山を映し出している。
一気に下り。
自動車の通行量が少なく信号もない。
枝道もないので注意が散漫になりがちになりそうなものだが、
生身で高スピードを走っているため神経が鋭敏になっている。
その鋭利な神経が、路面状況を明確に捉える。
ご褒美の下り。
登ったからこそのスピード感を味わうことができる。
晴れた日には札幌湖が、碧色を成し空と山を映し出している。
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